2010年11月30日火曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」第4回目の質問

「コリントの信徒への第一の手紙」 第4回目の質問

パウロはコリントの教会の争いの調停を続けています。
今彼は、自分自身の立場について説明し始めました。
パウロは主の使徒であると同時にコリントの教会の設立者でもあるので、コリントの信徒たちは彼の特別な地位を認めなければならない、ということです。

1)現代のクリスチャンは他の人々をあまりにも性急に裁いてしまう傾向がありますか。
また、「裁く」とはどういう意味でしょうか。

2)「書かれていることを超えない」(4章6節)とはどういう意味でしょうか。
どのようにすれば、私たちはこの指示にしたがうことができるでしょうか。

3)いわゆる「成功のための神学」(Theology for Success) は、極端な場合には、「クリスチャンである人は病気にも貧乏にもならない」、と教えています。
そして、「もしも神様がクリスチャンを富や健康によって祝福しないならば、その人の信仰生活には何か問題がある」、というように言われます。
こうした考え方にはどのような根拠を提示できるか、まず皆で一緒に考えてみてください。
それから、そうした「根拠」を8~13節と照らし合わせて、評価してみてください。

4)あなたは、「何の困難もなくキリストもいらない「自立した生活」を送りたい」、という誘惑に駆られたことがありますか。

5)パウロは「コリントの信徒への第一の手紙」で、自分の権威のために戦っているのでしょうか、それとも自分の立場のために戦っているのでしょうか。

6)誰のキリスト教教育についてあなたは責任を負っていますか。
あなたはパウロのように、そのことに自分の全存在を賭ける用意ができていますか。

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