2009年5月29日金曜日

マルコによる福音書について 12章35~37節前半

キリストとは誰でしょうか? 12章35~37節前半

イエス様がキリストであるかどうか、確信できない神様の民が驚嘆したり困惑したりしているときに、イエス様は直接御自分からあらゆる問題の中でも当時もっとも注目を集めていた問題を取り上げました。それは、到来することが約束されていたキリスト(メシア)の本質にかかわる問題でした。旧約の約束によれば、キリストはダヴィデの子、すなわちダヴィデの子孫である支配者です。ところが一方では、ダヴィデ自身がキリストを主と呼んでいます(詩篇118篇1節)。つまり、キリストはダヴィデの子でもダヴィデの主でもあるわけです。これをどのように説明するべきでしょうか?約束されたキリストはたんにこの世における支配者ではありません。キリストは人以上の存在であり、それゆえ彼は、ダヴィデの子孫であると同時に、ダヴィデの主でもあるのです。この予言はイエス様において実現しました。イエス様は義理の父親ヨセフをとおしてダヴィデの系図につながっておられます。しかし、イエス様は神様の御子としてはダヴィデの主でもあられるのです。

2009年5月27日水曜日

マルコによる福音書について 12章28~34節

一番大切な戒めは何ですか? 12章28~34節

イエス様はサドカイ派とファリサイ派の間の古くからある論争のテーマに答えることを余儀なくされました。さきほどの話し合いを傍らで聞いていた律法学者がイエス様の鋭い答えに感心したのはよくわかります。それで彼は、イエス様を陥れるためではなく真剣に、イエス様に別の質問をします。モーセの律法には何百もの戒めや禁止があると理解した律法学者たちは、それらをなんらかの方法で整理序列化したいと望んでいました。彼らは第1戒がもっとも大切な戒めであるとふつうは理解していましたし、イエス様もそう教えておられます。「神様を何にもまして愛しなさい」がまずはじめに守られるべき戒めです。これに関連して今もうひとつの第1戒と同じように大切な戒めとして、「隣人を自分と同じように愛しなさい」という戒めが与えられました。これらふたつの戒めを心に留めてそれにしたがって生きていくとき、旧約の神殿祭司による犠牲のささげものによっては決して到達し得ない「(信仰の)核心」に私たちはいるのです。律法学者がイエス様のこの教えに賛同すると、イエス様は彼に「あなたは神様の御国から遠くはない」と言われました。

2009年5月25日月曜日

マルコによる福音書について 12章18~27節

復活についての問答 12章18~27節

福音書の緊張感はどんどん高まってきています。あまり意味のない出来事については記されていません。つまり、私たちはそれぞれの出来事の記述を十分な注意を払って読み進む必要があるのです。このことは、サドカイ派の人々がイエス様に復活について質問した事件に特にあてはまります。サドカイ派の人々はこれまで福音書には登場しなかった「影の実力者」でした。このユダヤ人の党派は、神殿祭司階級の強固な支持を受けていました。大祭司は彼らの中から選出されましたし、サドカイ派の人々はユダヤ人の最高決議機関である大議会(サンへドリン)の過半数を占めていました。つまり、福音書のこの段階ではじめて「神様の民」の真の指導者たちがイエス様とやりあうことになったわけです。サドカイ派の教えとファリサイ派の教えとは、互いにはっきり異なっています。サドカイ派は神様の啓示として、いわゆる「トーラー」と呼ばれる、旧約聖書の最初の5冊の書物(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)のみを公に認めていました。彼らはこれらの書物から「死者の復活」について明確な根拠を見つけることができなかったため、それを信じることもありませんでした。彼らとは異なり、ファリサイ派の人々は神様の啓示として「預言書」をも認めていました。たとえばダニエル書の12章(1~3節)が死者の復活について語っているため、それを信じていました。このほかの多くの点でも、イエス様はサドカイ派よりもファリサイ派と共通した見解をもっておられました。イエス様がファリサイ派の人々とたくさん論争をなさったり、ファリサイ派の人々の家を訪れなさったりしたことは、イエス様とファリサイ派との間のある種の親近感のあらわれとさえ言えるかもしれません。サドカイ派はイエス様を処刑するように画策しましたが、そのほかの点ではイエス様とは何のかかわりもありませんでした。サドカイ派がイエス様に提示した質問は、些細なことに異様にこだわり、針で刺すような、わざとらしく嫌らしいものでした。特殊な状況に関するモーセの律法の規定(申命記25章5~6節)に基づくようにみえる、ありうる限り奇妙で非実際的なケースをひねりだすことによって、サドカイ派は「死者の復活」は原則的にありえないことを示さざるをえなくなりました。死者の復活についてのイエス様の教えは単純明瞭です。主は御自分のことを「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と呼んでおられます(出エジプト記3章6節)。主は死者たちの神様ではなく、生きている者たちの神様です。

2009年5月20日水曜日

マルコによる福音書について 12章13~17節

皇帝に税金を払うべきでしょうか? 12章13~17節

「ローマ皇帝に税金を払うべきかどうか」は、ユダヤ人たちにとって難問でした。それは経済的なというよりも神学的な問題でした。ローマ皇帝に税金を支払う者は、ある意味で、皇帝を事実上のイスラエルの指導者として認めることになります。しかし、イスラエルは「神様の民」であるはずです。こうした矛盾は、ローマ帝国が税金を徴収するさい、常に大きな危機を招きました。たとえば、神様の民を敵の支配下から解放しようとする多くの反乱グループが生まれました。民族解放運動家の中には、捕らえられたときに、税金を皇帝に払うよりも拷問による死を選ぶような者もいました。こういうわけで、イエス様に向けて提示されたこの質問は、ユダヤ人たちにとって非常に重要なものでした。
「イエスは、ローマ皇帝の信頼のおける臣下なのか、それとも、自分の弟子たちに反乱と反旗をそそのかす「王」なのだろうか。イエスが「はい」と答えても「いいえ」と答えても、この問題からは常に困難が生じるし、イエスの支持者は減っていくだろう。」
ローマに反抗するならば、イエス様を中心とした活動はたちまち戦いに巻き込まれ、壊滅してしまうことでしょう。ローマ人たちは、少しでも疑いが生じれば、穏やかな群衆をさえ何千人でも滅ぼす用意があることを、すでにその武力行動で示していました。イエス様はすぐさま驚くべき返答をなさいました。納税に用いられる硬貨には皇帝の絵が彫ってありました。「「皇帝のもの」は皇帝に属しています。それに対して、人は神様のかたちとしてつくられたのだから、「神様のもの」である「人」は神様に属するようにするべきです。」
イエス様は皇帝の使者でもなく、皇帝の反抗者でもありません。イエス様は神様の遣わされた御子として、主の民を探しておられたのです。

2009年5月18日月曜日

マルコによる福音書について 12章1~12節

実はどこに?

マルコによる福音書12章


イエス様がエルサレムに上ってこられたことにともない、私たちマルコによる福音書の読者はこの福音書の「頂点」へとますます近づいてきました。今回扱う12章はイエス様が公にエルサレムで教えられる時期に当たっています。こうした世にも稀な状況の中で緊張が高まっていきます。神様の民はどう行動しますか?群集が「ホサナ」と叫んだときのように、エルサレムの民は「イエス様こそキリストだ」と心から告白して受け入れるでしょうか?イエス様には民やその指導者たちに何か言わなければならないメッセージがあるのでしょうか?


ぶどう園とその借用人たちの犯罪 12章1~12節

イエス様は「ぶどう園とその借用人たちのたとえ」を話されました。イエス様の反対者たちはその話に心をかき乱されて、イエス様に対してものすごく怒りました。「マルコによる福音書」は当時の社会的、法的な現実を、震撼するほどの正確さで、ありのままに描き出しています。しかし、旧約聖書をよく知っている人々にとって、イエス様がたんにぶどう園をつくる仕事の大変さについて話しておられたのではないのは、あきらかでした。イザヤ書5章は、預言者の友人がぶどう園をつくり、念入りに世話をするさまについて語っています。彼はぶどう園をよくするために最善を尽くしたにもかかわらず、そこには野ぶどうしかなりませんでした。それで、預言者の友人は園の周囲にあった垣根をこわして、それが踏みつけられるままに放置することに決めました。「イスラエルの部族は万軍の主のぶどう園であり、ユダの男たちは主が喜んで植えられた苗木です。主は公平を待ち望んでおられたのに、見なさい、あるのは不正です。主は正義を待ち望んでおられたのに、見なさい、あるのは叫びです。」(イザヤ書5章7節)。イエス様のぶどう園のたとえはこのイザヤ書のイメージと重なるものです。この場合も、ぶどう園を植林し所有しているのは、神様です。ぶどう園の借用人たちは、神様の民の代表者たちです。召使たちは、預言者たちです。神様はイスラエルに「御自分の民」という特別な地位を与えて、彼らに御心を告げられました。他のすべての民は異邦人であり、活きておられる神様からは何もいただけない立場にありました。主は特別な賜物であるこの民が御自分の意思と公正に則して忠実に歩むことを待ち望まれました。ところがこうはならず、民は神様をないがしろにして好き勝手に生きました。こうした民の悪い振る舞いに対して警告を発した預言者たちは、その代償として迫害を受け、中には殺される者もいました。とうとう最後に神様は、民が神様をしることができるようになるために、御自分の民の只中に御自分の愛する独り子を遣わされました。ところが、それは以前よりもひどい結果を招きました。神様の独り子が人々によって捕らえられ、殺されてしまったのです。こうして、神様の御言葉が予告していたことが実現しました。すなわち、家を造る者たちの捨てた石が「隅のかしら石」となったのです(詩篇118篇22~23節)。イエス様の話は聖書の内容を理解している聞き手にとって非常に明瞭でした。ユダヤ人のやり方で、ヴェールで包みながらも誤解の余地のない形で、イエス様は民全体に、御自分が誰であり、御自分の上にこれからどのようなことが起こるのか、語っておられます。この話は人々の怒りをまきおこし、それもあいまって、イエス様の予言はそのとおり実現しました。神様の御子は本当に皆に捨てられ、十字架に打ち付けられてしまったのです。

2009年5月14日木曜日

マルコによる福音書 第11回目の終わりのメッセージ

終わりのメッセージ

イエス様は涙を流されました。(ヨハネによる福音書11章35節)

イエス様のこの涙は何を語っているでしょうか。その涙は燦然と輝く都を告発しているのです。その涙は「都の住民が一番危険な罪をおかしている」と告発しています。その罪は、誰にもその責任を負えないほどのものです。その罪は、この世においても永遠においても滅びをまねくようなものです。どのような罪でしょうか。それは聖霊様のお仕事に逆らうことです。あのすさまじい恐怖がエルサレムの上におきたのは、この都が神様に対して「罪を悔い改めるべき時」を受け入れようとはしなかったからです。「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、お前のところに遣わされた人たちを石で打ち殺すものよ、ちょうど雌鳥が翼の下にそのひなを集めるように、私はお前の子供たちを幾たび集めようとしたことでしょうか。それなのに、お前は(私に)聞き従おうとはしなかったのです。」(マタイによる福音書23章37節)
これからわかるのは、エルサレムは今聞いたことがらについて自分自身で責任を負わなければならない、ということです。エルサレムは今耳にしたことを無視したため、非常に厳しい状況に落ち込んでしまいました。「私を捨てて、私の御言葉を受け入れない者には、その人を裁くものがあります。私が語ったその御言葉が、その人を終わりの日に裁くでしょう。」(ヨハネによる福音書12章48節)
あなたは「異邦人」[1]ではありません。あなたはが本来のエルサレムがそうであったような「幸福な立場」にあります。あなたはイエス様の御声を聞いたし、イエス様の死へと洗礼を受けています。あなたは学校や家にいて、お母さんやお父さんなどにだっこしてもらえたり、堅信式でイエス様の御前に立ったことがあるかもしれません。ところが、イエス様が近づいてきてあなたを見ようとするときには、どうなりますか。あなたのせいでイエス様の目から涙がこぼれるのでしょうか。イエス様は悲しまれるのでしょうか。あなたのこれからの生き方はイエス様の御前でどのように見えるのでしょうか。イエス様はあなたのあまりのひどさに驚かれることになるのでしょうか。
「私のとうとい血によってあがないだされた人、私の死へと洗礼を受けた人、恵みの御言葉に包まれて成長した人、私がさまざまなやり方で自分のもとへと招いた人、この人が滅びようとしている、」と。
この人は、「本来は神様の御前で悔い改めるべきであった時」を受け入れようとはしなかったのです。おそらくあなたのそうした「神様を求める時」はまだ過ぎ去ってはいないでしょう。それとも、それは今日終わるのでしょうか。もしも今日あなたが主の御声を聞くのなら、心をかたくなにはしないでください。主イエス様の熱い涙のしずくがあなたの良心に降り注ぐにまかせなさい。
この涙を見て、活きた信仰の持ち主や説教者は恥じ入ることでしょう。人間に対する無限の愛について、どれほどイエス様の涙が語っていることでしょうか。周りにいる不信仰な親戚や友人や自分の子供に対して、私たちはいかに気にもかけずにやりすごしてきたことでしょうか。パウロにはイエス様の心がありました。それは、彼には自分の親戚や兄弟姉妹のゆえに心の中に絶えざる痛みと大きな嘆きがあったことからわかります。パウロは、「できることなら、兄弟姉妹のために自分がのろわれてキリストからひきはなされる」ことさえも願っていました。パウロの目には、イエス様と同じく、自分の所属する民(ユダヤ民族)のゆえに、涙がたまっていました。
主イエス様、あなたの涙が私たちに語りかけ、私たちの心を熱く潤し、隣人を無視して眠りつづける態度から私たちを目覚めさせてくださいますように。

K.V.タンミネン (「よい守りの中で))
[1] 「異邦人」とは「ユダヤ人ではない人」のことをさしますが、ここでは「クリスチャンではない人」という意味で使われています。

2009年5月11日月曜日

マルコによる福音書について 第11回目の質問

第11回目の集まりのために

マルコによる福音書11章

イエス様はエルサレムへロバに乗って入場され、神殿をきよめ、民の指導者たちに出会われます。

1)イエス様がロバに乗ってエルサレムに到着されたのは、何についてのしるしでしたか。

2)イチジクの木に実がなるのはいつの季節ですか?なぜイエス様はイチジクの木をのろわれたのでしょうか?「イチジクの木」がここで象徴しているものは何でしょうか。

3)イエス様はエルサレムの神殿をあらゆる偽善的な行いからきよめられました。マラキ書3章を読んでください。その内容とイエス様の行動との間には、どのような共通点があるのでしょうか。

4)私たちクリスチャンの信仰によれば、キリストはいつかこの地上に戻ってこられ、裁きが「神様御自身の宮」、すなわちキリストの教会からはじまることになっています(ペテロの第1の手紙4章17節)。そのとき主は何をごらんになると、あなたは想像しますか。

5)イエス様は、山を動かしすべてのことについてすべての人に赦しを与えるような「信仰」について話しておられます。私たちの信仰はどのようなものでしょうか。
山を動かすものでしょうか?イエス様の話には内実があるのでしょうか。
私たちはすべてについてすべての人に対し、赦しを与えているでしょうか。

6)なぜイエス様は民の指導者たちの質問にお答えにはならなかったのでしょうか。

2009年5月7日木曜日

マルコによる福音書について 11章27~33節

イエス様の権威はどのようなものでしょうか? 11章27~33節

マルコによる福音書では、すでにガリラヤでの段階で、「イエス様はどのような権威に基づいて行動し教えているのか」という質問が何度もとりあげられました。とりわけ宮清めの後で、これは時宜に適った質問になっています。「イエスがもしもふつうの人の権威によって活動しているのならば、彼は「神殿を汚した者」ということになる。イエスは自分の行動をどのような権威によっているものだと主張するつもりだろうか?」。イエス様を試験しようとする者たちは、思いがけなく逆にイエス様から、答えるのが難しい質問を投げかけられました。「洗礼者ヨハネの活動は天からのものであったか、それとも人からのものであったか」という質問です。戦略的な理由から、イエス様の反対者たちはその質問には答えようとはしませんでした。ここでイエス様は議論を打ち切りましたが、私たちはこのイエス様の質問の答えを知っています。イエス様の権威についての質問は、洗礼者ヨハネのもとですでに解決されていたのです。ヨハネがイエス様に洗礼を授けた時に、天から「あなたは私の愛する子、私はあなたを喜ぶ」という声が聞こえました(マルコによる福音書1章11節)。もしもヨハネが神様の敵であったのなら、この声の証を本気にする必要はありません。しかし、民全体が信じていたように、もしもヨハネが神様が遣わされた預言者であったのならば、イエス様は神様の御子の権威に基づいて神殿をきよめたことになります。このように、(今まで何度もとりあげられた)イエス様の権威についての質問に、今ここではじめて答えが与えられたのでした。しかし、その答えはまだエルサレムの人々からは隠されたままでした。マルコによる福音書の読者は、この点に関しては、たんに好奇心をかきたてられている民よりも話の筋道がわかる「よい立場」にあります。

2009年5月4日月曜日

マルコによる福音書について 11章20~26節

イチジクの木の結末 11章20~26節

マルコによる福音書は主がのろわれたイチジクの木を再び読者の前に提示します。たった一日のうちにその木は根まで枯れてしまいました。弟子たちはこの出来事に驚きました。イエス様は彼らに信仰の本質を教えました。ゆるがない信仰は、必要とあれば、木を枯らせるばかりか、山をも動かすことができるのです。神様との正しい関係は、力と愛との中にあらわれます。疑わない信仰は何でもできるのです。それはまた、神様が御造りになった人間ひとりひとりを赦すようにと、私たちを導いてくださいます。イチジクの木についての事件は意味のない奇妙な出来事ではありません。それは非常に象徴的な出来事でもありました。マルコによる福音書ではこの出来事は、イエス様の宮清めの前後に分けられています。それによってわかるのは、イチジクの木は、実はイスラエルをあらわしているということです。神様の御子が聖なる都に来られ、義をさがし求められます。しかし、その義は神殿にはありませんでした。エルサレムでイエス様が聖なる怒りをあらわにされたこととイチジクの木をのろわれたこととは対応しあっています。同様に、木が根まで枯れてしまうこととエルサレムの滅亡(70年)とも対応しあっているのだと思われます。