2012年11月30日金曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 2章13~25節 イエス様の宮清め(その2)



イエス様の宮清め 21325節(その2) 
 
 
ユダヤ人たちへのイエス様の答えは、
「ヨハネによる福音書」によくみられるように、
意図的ともとれる謎めいたものでした。
それを聞いた人は皆、
イエス様が壮大な神殿建築について語っているのだ
と思い込みました。
しかし、実際にはイエス様は
御自分の身体を意味しておられたのです。
このようにキリストの死と復活は
すでにこの福音書の初期の段階で示されていることになります。
ここではまた、「マルコによる福音書」の「メシアの秘密」
というテーマとのある種の関連を見ることができます。
キリストが主としての御自身の権威について
公けに語っておられるのに、
人々はその話を理解できないのです。
  
「ヨハネによる福音書」が提供してくれる
「時」に関する情報(エルサレム神殿の建築開始から46年後)は
軽い驚きを覚えるほど詳細です。
それに基づいて、この過ぎ越しの祭の時期を推定することができます。
神殿の建築は紀元前20年あるいは19年に始まったことになります。
もしもこれが正しければ、
この箇所での出来事は
西暦26年か27年の過ぎ越しの祭においてだったことになります。
   
この章の最後の数節で再び私たちは
奇跡の意味に関する問題にぶつかります。
イエス様は「しるし」を行われました。
それらの奇跡のゆえに人々はイエス様を信じるようになりました。
このように「ヨハネによる福音書」では、
奇跡には独自の大切な意味がありました。
しかし同時に、この福音書は
人々の奇跡信仰に対するイエス様の判断を記しています。
イエス様は人々を信用なさいませんでした。
奇跡に頼る人々の信仰が脆弱であることを御存知だったからです。
 

2012年11月28日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 2章13~25節 イエス様の宮清め(その1)



イエス様の宮清め 21325(その1)
 
  
今も昔も神殿の周囲は市場で賑わってきました。
施しを乞う人々にも定められた居場所がありました。
ユダヤ人には神様に犠牲を捧げる神殿がたったひとつだけありました。
市場では犠牲を捧げるために必要な
おびただしい量の動物が売られていました。
神殿税はある特定のユダヤの硬貨でのみ支払うことになっていたので、
両替屋は栄え、同業者間の競争は激しいものだったと思われます。
こうした喧騒の中で
神殿の本来の意味や目的が見失われていたとしても、
何の不思議もありません。
  
宮清めは革新的な行為でした。
四つの福音書は一様にこの出来事について触れています。
イエス様は神殿から市場の商売人たちを一掃なさいました。
彼らは聖なる場所を強盗の巣窟にしてしまったからです。
旧約聖書を知っているユダヤ人たちは皆
「マラキ書」の次の箇所を想起したことでしょう、
「見なさい。私は使者(天使)を遣わします。
彼は私の前に道を備えます。
また、あなたがたが求めている主は
たちまちのうちにその宮に来られます。
見なさい。あなたがたの喜ぶ契約の使者(天使)が来る、
と万軍の主は言われます。
その到来の日には、誰が耐えることができるでしょうか。
そのあらわれる時には、誰が立っていることができるでしょうか。
彼は、金を吹き分ける者の火、布を洗濯する者の灰汁のようです。
彼は、銀を吹き分けて清める者のように座って、
レビの子孫を清め、金銀のように彼らを精錬します。
そして、彼らは義をもって捧げものを主に捧げます。
その時、ユダとエルサレムとの捧げ物は、
昔の日々のように、また大昔の年々のように、主に喜ばれます」
(「マラキ書」314節)。
大切な旧約聖書のもうひとつの箇所は「詩篇」6910節です、
「なぜなら、あなたの家を思う熱情が私を飲み込み、
あなたをそしる者のそしりが私の上に落ちかかってきたからです」。
弟子たちは後になって、
この箇所がイエス様に関わる予言であった、と知ることになります。

2012年11月26日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 「ヨハネによる福音書」といわゆる「共観福音書」


  
「ヨハネによる福音書」といわゆる「共観福音書」
   
  
「ヨハネによる福音書」は、
残りの三つの福音書(通称「共観福音書」)と組み合わせて
理解するのが困難な場合があります。
これは、とりわけ次のようなことがらにあらわれています。
マタイ、マルコ、ルカによる福音書は、
イエス様のガリラヤでの活動、エルサレムへの旅、
死と復活について語っています。
これらの福音書によれば、
イエス様がエルサレムで神殿を清められたのは
イエス様のこの世における生活の最後の時期に当たります。
これに対して「ヨハネによる福音書」は、
まったく異なる順序でイエス様の活動を描いています。
それによれば、
イエス様は何回も過ぎ越しの祭にもエルサレムに上られました。
つまり、イエス様は何年間も公けに活動なさったことになります。
この公けの活動のはじめのところに、
「ヨハネによる福音書」はイエス様の「宮清め」の出来事を記述しています。
  
「ヨハネによる福音書」とそのほかの三つの福音書との関係については、
研究者によって意見が分かれています。
イエス様は、
まずはじめに少ない弟子たちを長い時間をかけて教えて、
それからようやく公けに姿をあらわされたのかもしれないし、
あるいはまた、
はじめのほうですでに宮清めを行い、
御自身が決して政治的な指導者などではないことを
早々と示されたのかもしれません。
あるいはその両方であったかもしれません。
  
私たちはあまり細かいことにはとらわれずに
福音書の大きな流れをしっかりとおさえていくことで満足するべきです。
「ヨハネによる福音書」とそのほかの福音書とのちがいに注目したのは、
聖書の読者の中でもごく一部の人でした。
四つの福音書はすべて、
イエス様の宮清めと十字架の死と復活について語っています。
歴史的に信頼できる内容を備えているにもかかわらず、
福音書は普通の意味での伝記ではありません。
福音書が書かれた目的は、私たち読者がキリストを信じることです。
四つの福音書の証は、
それらの相互の緊張関係にも関わらず、
ひとりの人間が書いた描写よりも本質的な豊かさを湛えています。
 

2012年11月23日金曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 2章1~12節 カナの婚礼 2章1~12節



燃え広がる神様の火

「ヨハネによる福音書」2


カナの婚礼 2112

「ヨハネによる福音書」が記す最初の奇跡は
他の福音書には書かれていません。
舞台はガリラヤのカナという町です。
婚礼ではご馳走がたくさん出ました。
ところが、祝宴の途中でぶどう酒が足りなくなってしまいます。
新郎新婦の婚礼の祝宴が台無しにならないように、
イエス様は600リットルもの水を
最上のぶどう酒に変えてくださいました。
弟子たちはイエス様の栄光を見てイエス様を信じた、
と福音書は記しています。
  
この奇跡は私たちに何を教えてくれるでしょうか。
旧約聖書では、ぶどう酒は象徴的な意味をもっています。
あふれるばかりの豊かさと祝宴とは、
神様がプレゼントしてくださる不思議な救いのひとつです
(「創世記」49812節)。
イエス様はカナでの婚礼の祝宴を救われました。
おそらく「ヨハネによる福音書」が言いたいことは、
神様の民の只中には今や力強い救い主がおられる、
ということでしょう。
もうひとつこの奇跡の出来事から学ぶべきことは、
注目されることがほとんどありません。
それは、
イエス様が若夫婦と彼らの婚礼の祝宴にどのような態度で臨まれているか、
ということです。
たしかにイエス様は、何人かの人々に対しては、
彼らがすべてを捨てて御自分に従うように召されました。
しかし「家族」そのものを軽んじておられたわけではないのです。
それとは逆に、
普通の家族生活はイエス様から確実に祝福をいただける生き方なのです。

アルコールの過度の使用によって家庭や社会などで
様々な問題が起きてきたフィンランドでは、
聖書がぶどう酒に対してどのような立場を取っているか、
きちんと確かめてみる必要があります。
酩酊するのは重い罪ですが、
アルコールを一切取らないという絶対的な態度を
聖書は要求してはいません。
このことに関してもまた他のことに関しても
自制することは非常に好ましい生活態度です。
しかし、それを他の人にも要求してはいけません。
このように狭い道の門の柱は両側に立てられているのです。
自己の良心に反して行動するのはまちがいですし、
結局は自分をだめにしてしまいます。
  

2012年11月21日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 第1回目の質問(1章)



「ヨハネによる福音書」1

1回目の質問

 
1)「ヨハネによる福音書」の冒頭部分は
ほかの福音書とはまったくちがっています。
このことは「ヨハネによる福音書」の信頼性を揺るがすものでしょうか。
  
2)1118節をもう一度声に出して読んで、
「これが福音書全体のはじまりである」、と考えてみてください。
この箇所を読むとどのような感じがしますか。
どの言葉に注目しますか。
これらの節に込められたメッセージは何でしょうか。
  
3)この福音書のはじまりは
天地創造の記述で用いられた言葉遣いを踏襲しています。
それはどうしてでしょうか。
  
4)118節に注目してください。
翻訳によっては、
御子だけか、あるいは神様だけについて記されている場合があります。
それはどうしてでしょうか。
また、あなたの使用している翻訳ではどうなっていますか。
  
5)ファリサイ派の人々は
洗礼者ヨハネが自分を誰だと言うつもりか、問いただします。
「叫ぶ者の声」というのが彼の答えでした。
「イザヤ書」40章の冒頭をよく読んでください。
この箇所はどのような神様の活動について語っていますか。
  
6)洗礼者ヨハネが神様の小羊について語るとき、
旧約聖書のどの箇所が背景となっていますか。
  
7)3542節では最初の弟子たちの召命が語られています。
自分自身の人生計画とそれまで築き上げてきたこととを全部捨てて
「何か」に従い始めるためには非常に強い召命が必要だ、
とあなたは思っていますか。
そういうあなたにとって召命はどれほど強ければ十分なのでしょうか。
  
8)神様からの召命を私たちは聴き取ることができるでしょうか。
今もなお神様は、
私たちが自分の持ち物を捨てて御自分に従うように
召しておられるのでしょうか。
それとも、どのように召しに応じていくかは、
私たちにゆだねられているのでしょうか。
  
9)4351節はフィリポとナタナエルの召命について語っています。
ナタナエルの様子の描写から、あなたはどのような印象を受けますか。
  
10)「ヨハネによる福音書」には
比喩に富んだ詩的な言葉が用いられています。
それはすでにこの1章で示されている通りです。
それには何か理由があるのでしょうか。
このような表現スタイルは
聖書を自分勝手に解釈する隙を与えすぎるのではないでしょうか。
福音書の記述に当たっては、
もっとはっきりとわかりやすい言葉が用いられるべきだった、
ということになりはしませんか。
 

2012年11月16日金曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 1章35~51節 最初の弟子たち



最初の弟子たち 13551

「ヨハネによる福音書」によれば、
イエス様の最初の弟子たちは元々は洗礼者ヨハネの弟子でした。
(イエス様の)ヨハネからの受洗の時(122節)以来
イエス様に従ってきたグループの中から
ユダの代わりとなる使徒を選ばなければならなかった、
と語る「使徒の働き」(121節)もまたこのことを裏付けています。

「ヨハネによる福音書」は弟子の召命の出来事を詳細に描き出しています。
その表現の仕方は他の三つの福音書とはかなりちがいますが、
基本的な流れは共通しています。
イエス様は12人の弟子たちを召されました
(「ヨハネによる福音書」667節)。
また、ペテロは12弟子の中でも特別な地位にありました。
最初の二人の弟子たちは
洗礼者ヨハネの助言を受けてイエス様に従うようになります。
そのうちのひとりはアンデレ、もうひとりの名前は記されていません。
古くから教会は
この後者の弟子が福音書を記したとする見方をしてきました。
これは確かではありませんが、まったくありえないとも言い切れません。
アンデレの勧めによって、
彼の兄弟シモンもまたイエス様の弟子に加わりました。
このシモンをイエス様はケファ
(ギリシア語では「ペトロス」といい、
日本語に訳すと「岩」という意味です)
と名づけられました。
他の三つの福音書では、
イエス様がペテロに新しい名前をお与えになったのは
ペテロがイエス様に対して信仰告白をした時でした
(「マタイによる福音書」1616節)。

イエス様はヨルダン川の峡谷を後にして、ガリラヤへと向かわれました。
この旅に同行していたフィリポはナタナエルに、
キリストを見つけた、と語りました。
ナタナエルは疑います。
しかし彼は、イエス様が
彼の全人生を不思議なやり方ですっかり見通しておられることに
気がつきます。
ここで私たちははじめて、
奇跡信仰と真の信仰との間の緊張関係に出会います。
ナタナエルは奇跡を見たため、イエス様に従うようになりました。
このような機会が彼に与えられるのはもちろんかまわないのですが、
奇跡に頼る信仰はまだ表面的なものにすぎません。
真の正しい信仰告白は、
たとえばマルタの口から聴くことができます。
これはイエス様が彼女の兄弟ラザロを
死からよみがえらせる奇跡の前に(ここに注目!)
なされた信仰告白なのです。
「はい、主よ、
あなたが世に来られるはずのメシア、神様の御子であられることを、
私は信じています[1]」(「ヨハネによる福音書」1127節)。
このマルタの信仰告白や「ヨハネによる福音書」1章の前半、
また「ロゴス賛歌」や洗礼者ヨハネの証の中に
反響しているような信仰を、
イエス様の弟子たちはまだもってはいませんでした。
それでも彼らは、
イエス様に従っていくことや、
イエス様の弟子として学びを続けていくことを
許されたのでした。


[1] 完了形。

2012年11月14日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 1章29~34節 神様の小羊



神様の小羊 12934
  
 
翌日にヨハネの証は現実なものとなりました。
彼がイエス様に出会ったとき、
神様はヨハネにこの方の真の本質を示されました。
このイエス様のゆえに、
ヨハネはそのすべての活動をはじめていたのです。
洗礼者ヨハネの人差し指は、
人となられた神様の御言葉を指し示しているのです。

「神様の小羊」について語るとき、
ヨハネは旧約聖書のふたつの御言葉を念頭においていました。
そのひとつは過ぎ越しの祭に関係しています。
御自分の民をエジプトの隷属から解放なさったとき、
神様は過ぎ越しの食事をとるよう彼らに命じられました。
その食事の中心は小羊です。
そして、その血をイスラエルの人々は家の戸柱に塗りました。
神様の遣わされた「滅ぼす者」が
エジプトの初子をことごとく殺害したときに、
家の入り口に塗られた小羊の血は
その家の中に神様の民が住んでいることを示す印となり、
彼らの初子は殺されずに済みました(「出エジプト記」12章)。
この出来事は
「ヨハネによる福音書」の後の箇所(1936節)にも関係しています。
小羊に関する旧約聖書のもうひとつの箇所は「イザヤ書」53章です。
このように「ヨハネによる福音書」は、
すでに最初の章の冒頭でキリストを正しく位置づけています。
イエス様は神様の御子、また神様御自身であり、
御自分の血によって罪人を救い出される方でもあります。

2012年11月12日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 1章19~28節 洗礼者ヨハネの証


 
洗礼者ヨハネの証 11928
  
 
洗礼者ヨハネは
すべての四つの福音書で決定的に大切な役割を担った人物です。
「マルコによる福音書」は、
イエス様の活動をヨハネからの受洗の時点から記しはじめます。
「ヨハネによる福音書」は、洗礼者ヨハネの証を
部分的にはすでに「ロゴス賛歌」の中に位置づけています。
この福音書は洗礼者ヨハネについて
読者がすでによく知っていることを前提しているように見えます。
イエス様がヨハネから洗礼を受けられたことさえ記さずに、
洗礼者ヨハネの証にすべての関心を集中しています。
これは、
すべてについて満遍なく語るのではなく
出来事の核心とその意味のみについて語るという
「ヨハネによる福音書」の個性的な記述のスタイルを端的に示す一例です。
  
洗礼者ヨハネのもとには「ユダヤ人たち」がやってきました。
この言葉によって「ヨハネによる福音書」は多くの場合
キリストを拒絶する選ばれた民をあらわしています。
彼らがどのグループに属しているか、それ以上細かくは言及されていません。
ローマ帝国の軍隊によってエルサレム神殿が破壊された後の時点では、
ファリサイ派やサドカイ派、ヘロデ党といった違いは
その意味を失っていました。
洗礼者ヨハネは彼らの質問にはっきりと答えました。
それは後に信仰を告白する人々にとっても模範となるような答えでした。
洗礼者ヨハネはキリストではなく、
エリヤでもモーセが約束した預言者(「申命記」1818節)でも
ありませんでした。
彼は「イザヤ書」が予言した「叫ぶ者の声」でした。
彼の使命は
自分よりもはるかに大いなる主の到来を告げ知らせることでした。

洗礼者ヨハネの証には興味深い特徴があります。
彼の弟子のグループは彼の死後もその活動を継続しました。
「ヨハネによる福音書」における洗礼者ヨハネの言葉は
そのグループに対しても向けられています。
もうひとつ興味深い点は一連の質問、とりわけ最後のふたつの質問です。
ヨハネは自分がエリヤではないという自己理解を示しています。
しかし「マタイによる福音書」は、彼がエリヤであった、と記しています
(「マタイによる福音書」1114節)。
つまり、すくなくとも彼は
「エリヤの霊において」活動していたことになります。
洗礼者ヨハネは第三の偉大な人物、
モーセの約束した預言者でもありませんでした。
この人物の来るべき出現が
ユダヤ人とりわけサマリア人の間では大きな期待を集めていました。
洗礼者ヨハネはこれらのレッテル張りをすべて斥けて、
むしろ、その時まさに世に御自身をあらわそうとしていた方の
証人になる立場を選びました。