キリスト教会の指導者(牧師)の持つべき特徴(その1)
「テトスへの手紙」1章5〜9節
「あなたをクレテにおいてきたのは、
わたしがあなたに命じておいたように、
そこにし残してあることを整理してもらい、
また、町々に長老を立ててもらうためにほかならない。」
(「テトスへの手紙」1章5節、口語訳)
パウロはテトスをクレテ(クレタ島)に残しました。
「使徒言行録」には
パウロがクレテで福音を宣べ伝えたという記述はありません。
記されているのは、
カイザリヤからローマに囚人として護送される途中で彼がクレテを訪れた
ということだけです(「使徒言行録」27章7〜12節)。
パウロはローマでの最初の投獄生活から解放された後にクレテを訪れた
とも考えられます。
テトスのやるべき仕事は
クレテの諸教会の事柄を整理し
町々の教会に「長老」を立てていくことでした
(「テモテへの第一の手紙」4章14節、
「テモテへの第二の手紙」1章6節も参考になります)。
ギリシア語で「長老」(1章5節)は「プレスビュテロス」、
「監督」(1章7節)は「エピスコポス」といい、
西暦一世紀にはどちらの単語も教会の指導者を意味していました。
「長老」が各個教会を指導し
「監督」(英語の「ビショップ」に相当します)が同じ町の中にある各個教会を
一括して指導するという責任分担体制が一般化したのは
西暦二世紀に入ってからです。
「使徒言行録」20章17節および28節は
エフェソにある諸教会の指導者たちを
「長老」とも「監督者」とも呼んでいます
(「ペテロの第一の手紙」5章1〜2節の
「長老」についての記述も参考になります)。
パウロは各個教会の指導を信頼できる男たちに委ねては
新しい町々へと旅を続けていきました
(「コリントの信徒への第一の手紙」1章7節
および3章5〜11節および16章10〜12節、
「フィリピの信徒への手紙」2章19節)。
クレテからきたユダヤ人たちは
最初の聖霊降臨日(「五旬節の日」)の時には
すでにペテロの説教を聞いていました
(「使徒言行録」2章1、11節)。
しかしクレテにキリスト教会ができたのは
おそらく60年代であったと思われます
(上掲の「テトスへの手紙」1章5節を参照してください)。
クレテの教会の指導者たちが満たすべき諸項目の中には
「信者になって間もないものであってはならない」
(「テモテへの第一の手紙」3章6節)
という項目は含まれていません。
歴史が浅かったクレテの教会には
経験豊富なキリスト信仰者がそもそも存在しなかったのでしょう。