2026年5月18日月曜日

「テモテへの第二の手紙」ガイドブック 「テモテへの第二の手紙」4章14〜18節 ひとり取り残された使徒

 ひとり取り残された使徒

「テモテへの第二の手紙」4章14〜18節

 

「わたしの第一回の弁明の際には、

わたしに味方をする者はひとりもなく、

みなわたしを捨てて行った。

どうか、彼らが、そのために責められることがないように。」

(「テモテへの第二の手紙」4章16節、口語訳)

 

この節はローマでパウロの受けた最初の裁判と投獄

(「使徒言行録」28章16、30〜31節)について述べている、

という解釈があります。

それによると次の4章17節は

パウロのエスパニヤ旅行での様子を描写していることになります。

しかしこれが最も自然な解釈であるとは必ずしも言えません。

 

パウロの案件はローマ当局の取り調べを受けました。

しかしローマ在住のキリスト信仰者たちはパウロを弁護しようとしませんでした。


使徒教父文書の一つである

「コリントの信徒への第一のクレメンスの手紙」(5章5節)からは、

パウロが死刑判決を受けることになったのは

ローマのキリスト信仰者たちがパウロを積極的に弁護しなかったことも

影響したらしいことが読み取れます

(「(律法をめぐる)激しい諍いのために

パウロは忍耐によって勝利の冠を得た」)。


この問題については

「フィリピの信徒への手紙」1章15〜18節も参考になります。

 

しかしパウロはそのようなローマのキリスト信仰者たちのことを赦しました。

パウロのこの姿勢には

イエス様の十字架の上での御言葉

(「父よ、彼らをおゆるしください。

彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」)

に通じるものがあるのではないでしょうか

(「ルカによる福音書」23章34節)。

 

「しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、

すべての異邦人に聞かせるように、

主はわたしを助け、力づけて下さった。

そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。」

(「テモテへの第二の手紙」4章17節、口語訳)

 

今回の裁判でもパウロは自らの信仰について証しました

(「使徒言行録」24章10〜21節および26章1〜32節。

また「使徒言行録」23章11節および27章23〜24節も参考になります)。

 

パウロはローマ帝国の正規な国民であったため

(「使徒言行録」22章25〜29節)、

獅子の餌食として闘技場に投げ出されることはありませんでした。

「わたしは、ししの口から救い出されたのである」は比喩であり、

パウロがきわめて困難な状況から救い出されたことを表しています。


なお「ペテロの第一の手紙」5章8節で

サタンは「ほえたけるしし」と呼称されています。

 

「主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、

天にある御国に救い入れて下さるであろう。

栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。」

(「テモテへの第二の手紙」4章18節、口語訳)

 

この節は「悪しき者からお救いください。」

(「マタイによる福音書」6章13節)という主の祈りの一節を想起させます。

2026年5月8日金曜日

「テモテへの第二の手紙」ガイドブック 「テモテへの第二の手紙」4章9〜15節 具体的な指示(その2)

 具体的な指示(その2)

「テモテへの第二の手紙」4章9〜15節

 

パウロは第二次宣教旅行にマルコが同行することに反対しました。

というのもマルコは第一次宣教旅行の途中で

パウロ一行から離脱してしまったからです(「使徒言行録」15章38節)。

マルコを同行させるかどうかで意見が対立したために

パウロとバルナバは以後別行動をとるようになります。

しかしパウロとマルコの関係は

この手紙の書かれた時点では修復されていたようです。

マルコは

「コロサイの信徒への手紙」4章10節(「バルナバのいとこマルコ」)と

「フィレモンへの手紙」24節でその名前が挙げられています。

一度は壊れた関係を神様が修復してくださったおかげで、

パウロとマルコはふたたび福音伝道の同僚になれました。

 

テキコはしばしばパウロの手紙の配達人の役目を引き受けていました

(「エフェソの信徒への手紙」6章21〜22節

(「主にあって忠実に仕えている愛する兄弟テキコ」)、

「コロサイの信徒への手紙」4章7〜8節、

「テトスへの手紙」3章12節)。


「テモテへの第二の手紙」も

テキコがエフェソに配達したのではないかと推測されています。

おそらくパウロはテキコをエフェソにテモテの「代理」として派遣することで、

テモテがパウロに会いにローマまで訪ねて来るようにしたかったのでしょう。

 

「あなたが来るときに、

トロアスのカルポの所に残しておいた上着を持ってきてほしい。

また書物も、特に、羊皮紙のを持ってきてもらいたい。」

(「テモテへの第二の手紙」4章13節、口語訳)

 

パウロはトロアスで捕まったのではないかという説が

上節に基づいて提案されています。

このように考えると

パウロの上着や高価な書物がトロアスに残されていた理由を説明できるからです。

 

また上節は

「テモテへの第二の手紙」がパウロ自身の書いた手紙である

という証拠でもあります。

この手紙をずっと後にパウロ以外の誰かが書いたものと仮定すると、

パウロの上着についてわざわざ手紙で言及した理由がわからなくなるからです。

 

当時の「書物」は安価なパピルスに記されるのが普通でした。

重要事項のみ高価な羊皮紙に書き記されたのです。

パウロの羊皮紙の書物に書かれていたのは

旧約聖書の一部あるいは全部だったのではないかとも推測されています。

 

「銅細工人のアレキサンデルが、わたしを大いに苦しめた。

主はそのしわざに対して、彼に報いなさるだろう。」

(「テモテへの第二の手紙」4章14節、口語訳)

 

上節の「アレキサンデル」は「テモテへの第一の手紙」1章20節に出てくる

アレキサンデルと同一人物かもしれません。

しかしエフェソでの騒乱の際に発言したユダヤ人アレキサンデル

(「使徒言行録」19章33〜34節)とは違う人物であったと思われます。

 

「主はそのしわざに対して、彼に報いなさるだろう」という言葉は、

この件に関してテモテや教会が

個人的にアレキサンデルに報復する必要はないし、するべきでもなく、

すべてを神様にお委ねするべきであるという意味です

(「サムエル記下」3章39節も参考になります)。

 

「あなたも、彼を警戒しなさい。

彼は、わたしたちの言うことに強く反対したのだから。」

(「テモテへの第二の手紙」4章15説、口語訳)

 

「自分を裏切ってローマ当局に引き渡したアレキサンデルに注意せよ」

とパウロはここでテモテに警告しているという仮説もありますが、

これは推測にすぎません。