2012年11月26日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 「ヨハネによる福音書」といわゆる「共観福音書」


  
「ヨハネによる福音書」といわゆる「共観福音書」
   
  
「ヨハネによる福音書」は、
残りの三つの福音書(通称「共観福音書」)と組み合わせて
理解するのが困難な場合があります。
これは、とりわけ次のようなことがらにあらわれています。
マタイ、マルコ、ルカによる福音書は、
イエス様のガリラヤでの活動、エルサレムへの旅、
死と復活について語っています。
これらの福音書によれば、
イエス様がエルサレムで神殿を清められたのは
イエス様のこの世における生活の最後の時期に当たります。
これに対して「ヨハネによる福音書」は、
まったく異なる順序でイエス様の活動を描いています。
それによれば、
イエス様は何回も過ぎ越しの祭にもエルサレムに上られました。
つまり、イエス様は何年間も公けに活動なさったことになります。
この公けの活動のはじめのところに、
「ヨハネによる福音書」はイエス様の「宮清め」の出来事を記述しています。
  
「ヨハネによる福音書」とそのほかの三つの福音書との関係については、
研究者によって意見が分かれています。
イエス様は、
まずはじめに少ない弟子たちを長い時間をかけて教えて、
それからようやく公けに姿をあらわされたのかもしれないし、
あるいはまた、
はじめのほうですでに宮清めを行い、
御自身が決して政治的な指導者などではないことを
早々と示されたのかもしれません。
あるいはその両方であったかもしれません。
  
私たちはあまり細かいことにはとらわれずに
福音書の大きな流れをしっかりとおさえていくことで満足するべきです。
「ヨハネによる福音書」とそのほかの福音書とのちがいに注目したのは、
聖書の読者の中でもごく一部の人でした。
四つの福音書はすべて、
イエス様の宮清めと十字架の死と復活について語っています。
歴史的に信頼できる内容を備えているにもかかわらず、
福音書は普通の意味での伝記ではありません。
福音書が書かれた目的は、私たち読者がキリストを信じることです。
四つの福音書の証は、
それらの相互の緊張関係にも関わらず、
ひとりの人間が書いた描写よりも本質的な豊かさを湛えています。