2011年10月10日月曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 第1回目の終わりのメッセージ

  
終わりのメッセージ
 
 
光の治療を受けた人々
    
4世紀に書かれたある書物には、
「クリスチャンはキリストの光の照射を受けた存在である」、
という記述があります。
このfosforatus(ラテン語で「光の照射を受けること」という意味です)
という表現は私たちにいろいろなことを考えさせます。
「それはちがう」と否定したくなる一方で、
「本当かな」という好奇心も起こります。
私たちが「光の照射を受けている存在」だというのでしょうか。
 
「光の照射を受けたクリスチャン」という言葉の意味しているものは、
私たちクリスチャンの信仰に合致しています。
世は暗闇であり、キリストは世の光です。
これはキリストだけではなく、キリストに属する人々にも当てはまります。
次の御言葉の通りです、
「あなたがたは世の光です」(「マタイによる福音書」5章14節)。
また、主はこうも言われています、
「あなたがたの光が人々の前で輝くように。
それは、彼らがあなたがたのよい行いを見て、
天におられるあなたがたの御父様を賛美するようになるためです」
(「マタイによる福音書」5章16節)。
「光に照射された人々」が一緒にいるおかげで、
人はなんとか生きていくことができる、
と言われているかのようです。
この人々は、共におられるキリストの光によって隅々まで照射されています。
彼らには反射鏡などはありません。
彼ら自身が主の反射鏡なのです。
彼らにはクリスマスの歌(フィンランドのルーテル教会の讃美歌381番)で
よく歌われる「救い、光の照射」があるとも言えます。
  
彼らはあまりにも無力なので、
キリストの光の治療を受けなければなりませんでした。
そして治療を受けた後では、
もはや彼らをこの世の中にそっと隠しておくことはできません。
 
彼らは今も実際に存在しています。
そして、神様を賛美しています!
彼ら光の照射を受けた人々は私たちの近くにも遠くにもいます。
今までもいたし、これからもいます。
 
というわけですから、光の子供たちよ、
自分があたかも昼間の中にいるかのように
旅を続けて行こうではありませんか。
明日という未来からは
天地創造の栄光の輝きが差し込んできています。
新しい創造をつかさどる主は、
疑いにとらわれやすい私たちに
勇気と忍耐を与えてくださいます。
  
レイノ ハッシネン (「明日から射してくる栄光」)