2011年10月17日月曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 2章8~11節 スミルナの教会への手紙 

 
スミルナの教会への手紙 2章8~11節
 
スミルナはエフェソからみて北方約80キロメートルの地点にありました。
それは、エフェソと同等の競争力を有する主要な港湾都市でした。
西暦156年、この都市でクリスチャンを殺傷する迫害が起きました。
犠牲者の中にはスミルナ教会のビショップ、ポリュカルポスも含まれていました。
迫害者を前にして彼は、「私はイエス様に86年間お仕えしてきた」、と語りました。
おそらく彼は子供のときに洗礼を受け、それからずっと主に従ってきたのでしょう。
彼は死が目前に迫っても、イエス様を否認しませんでした。
「ヨハネの黙示録」が書かれた頃には、
ポリュカルポスがすでにスミルナの教会のビショップになっていた可能性があります。
 
スミルナの教会のことをイエス様は一言も批判していません。
それは迫害を受けた貧しい教会ですが、実際には富んでいます。
ここでいう「貧しさ」とは、
迫害で教会がそのわずかばかりの持ち物さえも略奪されたことを指しているのでしょう。
ユダヤ人たちは異常な執拗さで教会を迫害しました。
イエス様は、「彼らは神様の民ではなく、サタンに属している」、
という厳しい裁きを宣告されます。
これはしかし、クリスチャンにユダヤ人を憎む口実を与えるものではありません
(この箇所はそのように説明されたこともあります)。
イエス様は、「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」、
とお命じになりました(「マタイによる福音書」5章44節)。
しかし、イエス様のここでの御言葉は、
ユダヤ人は、イエス様を拒みつづけるかぎり、
いくら彼らが神様の選民の立場にあっても意味がないことを教えています。
イエス様は、ユダヤ人にとっても、他のどの国民にとっても、
天国への唯一の道なのです。

イエス様は教会に苦難の時代が来ることを明言されます。
その苦難は十日間続く、とされています。
その意味は、迫害の時期は短く、神様が許される期間だけ続く、ということです。
死の脅迫を受けても、イエス様への信仰を捨ててはいけないのです。
終わりまで主への忠実を守る人は、勝利の冠をいただきます。
そのような冠が当時の競技の勝利者には与えられました。
今ここで「冠」は、天国での永遠の命をいただくことと、
第二の死をまぬかれることを意味しています。
「第二の死」とは、ここでも、また「ヨハネの黙示録」の他の箇所でも、
「滅び」を意味しています。
教会は、イエス様を模範とするよう、忠告を受けます。
イエス様は殺されましたが、よみがえり、栄光に輝く天国に入られました(8節)。
そして、主を拒まない人なら誰にでも、それと同じことが起こるのです。

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