2018年4月10日火曜日

「フィレモンへの手紙」ガイドブック オネシモの事件 8〜22節(その3)

オネシモの事件 8〜22節(その3)
  
「彼は以前は、あなたにとって無益な者であったが、
今は、あなたにも、わたしにも、有益な者になった。」
(「フィレモンへの手紙」11節、口語訳)

「これからも世話してもらうことを期待して
オネシモを自分のもとにできるだけ早く送り返してくれるよう、
ここでパウロはフィレモンに言葉を慎重に選びつつお願いしているのだろう」
などといった余計な想像を巡らす必要はまったくありません。
パウロはただ、
オネシモが彼にとってどれほど愛すべき存在であり、
また役に立つ存在となったか、ということを伝えたいだけなのです。
オネシモはキリストのよき従僕であり、
年老いた使徒パウロは彼のことを
できることなら自分のそばに留めておきたいと望んでいます。
しかしながら、神様の指し示される人生の歩みは
人間の視点からは不思議に映るものです。
次にあげる15節はその感動的な例とも言えましょう。

「彼がしばらくの間あなたから離れていたのは、
あなたが彼をいつまでも留めておくためであったかも知れない。」
(「フィレモンへの手紙」15節、口語訳)


驚くべきことに、
オネシモがフィレモンの家を出て行かなければならなかったのは、
彼がキリスト信仰者になるためだった、というのです!
もしも彼がフィレモンの家にずっと留まっていたなら、
彼はもしかしたら死ぬまで
「神様の敵」として生き続けることになってしまったのかもしれません。

2018年4月6日金曜日

「フィレモンへの手紙」ガイドブック オネシモの事件 8〜22節(その2)

 オネシモの事件 8〜22節(その2)
  

ある時、フィレモンの家から「オネシモ」という名の奴隷が逃げ出して、
そのまま行方不明になりました。
それから、この奴隷はパウロのもとにたどりつき、
そこでの滞在中にキリスト信仰者になりました。
以前のオネシモは奴隷として失格であったことをパウロは認めています。
自分の主人のもとから逃亡したことからも、それは明らかです。

しかし、今は状況が変わりました。
オネシモはキリスト信仰者になり、
パウロにとって愛すべき信仰の兄弟となったのです。

使徒はオネシモを
自分の友人でもある彼の主人のもとに送り返すことにしました。
フィレモンがもともと所有していた奴隷であるオネシモのことを、
あたかもフィレモンのもとを訪れる使徒パウロ自身であるかのように
待遇してくれることを、パウロはフィレモンに懇願しています。
オネシモは自分のことをフィレモンのもとに派遣してくれたパウロその人を
「代表する立場」にあるとも言えます。
だからこそフィレモンは、
パウロの来訪を心から歓迎するのとまったく同じ態度をもって
オネシモの帰還のことも心から喜ぶべきなのです。
オネシモは獄中にいたパウロに仕えました。
このようにしてフィレモンがパウロのためにできなかったことを
オネシモが代行してくれた、
という使徒パウロのフィレモンへの語りかけはとても巧みです。

オネシモは囚人パウロにとって大いに役立つ存在となっていました。
しかし、ほかの主人の所有する奴隷が
主人の許可なく彼のもとに留まりつづけることを
使徒パウロは望みませんでした。
ここでふたたびパウロの謙虚な態度が読者に伝わってきます。
パウロは自分にとって好ましいことを行ってくれるように
フィレモンを強制したいとは望まないのです。

2018年3月23日金曜日

「フィレモンへの手紙」ガイドブック オネシモの事件 8〜22節(その1)

オネシモの事件 8〜22節(その1)

パウロは「キリストの使徒」です。
ですから、彼は
主から受けた「使徒の権能」をもって命令を下し、
自分の思惑通りにフィレモンが行うように強いることもできたはずです。
ところが、彼はそのようにはしませんでした。
それどころか、彼は
「使徒としての願いを叶えてくれるように」
と自分の友人に謙虚な態度で懇願しています。
このように、パウロは
フィレモンに一方的に命令する横柄な態度をとりません。
使徒パウロとフィレモンの間の関係は
強制に基づくべきものではなく、
キリスト信仰者としての愛に基づくべきものだからである、
とパウロ説明します。

「むしろ、愛のゆえにお願いする。
すでに老年になり、今またキリスト・イエスの囚人となっているこのパウロが」
(「フィレモンへの手紙」9節、口語訳)


このように、パウロは自分のことを
「偉大な宗教的指導者」としてではなく、
むしろ「白髪の混じった囚人」として提示しています。
この手紙の書かれた「ある目的」を達成するためにも、
年老いた使徒からの懇願のほうが、
上からの絶対的な命令口調よりもはるかに適切な態度であったのは
まちがいありません。

2018年3月19日月曜日

「フィレモンへの手紙」ガイドブック 感謝の祈り 4〜7節(その2)

感謝の祈り 4〜7節(その2)

この節においてパウロは
友人に対していたって私的な語りかけをしています。
フィレモンは信仰の兄弟姉妹に対して数々の素晴らしいことを行いました。
たくさんのキリスト信仰者が
フィレモンのもとで慰めと新たな力とを得たのです。
この「よき知らせ」を伝え聞いた使徒パウロは大いに喜びました。
フィレモンが行った善い行いの具体的な内容については、
よくわかっていません。

それとは対照的に、
フィレモン本人はもちろんのこと、
彼の家に集合していた教会の信仰者たちもまた、
パウロがここで具体的にどのようなことがらを指して話しているのか
について知っていたのは確実です。

フィレモンがほかのキリスト信仰者たちに示した、
キリスト信仰者としての愛の行いについて、
パウロは礼儀正しい態度で委曲を尽しつつ書き記しています。
このような使徒の書き方は大げさすぎるのではないか、
と批判するのは適切ではないでしょう。
フィレモンがパウロの書いたとおりのことを行ったのは
確かであると思われるからです。

またこの箇所では、
パウロが「ある特定の意図」を念頭に置いて
この手紙を巧みに書き進めている点にも注目するべきでしょう。
フィレモンの示してきた「兄弟愛」について言及することで、
使徒パウロは以下に述べる「ある頼み事」を
フィレモンにとって承諾しやすいものとするための用意を整えている、
という言いかたもできるでしょう。

2018年3月14日水曜日

「フィレモンへの手紙」ガイドブック 感謝の祈り 4〜7節(その1)

感謝の祈り 4〜7節(その1)

「はじめの挨拶」の次には「感謝の祈り」が続きます。
フィレモンを通してなされたすべての善い行いについて、
パウロは神様に感謝を捧げています。
フィレモンの愛と信仰は模範的と言えるものでした。
しかし、このことについて真っ先に感謝を受けるべきなのは、
フィレモンではなく神様です。
なぜなら、神様こそが
フィレモンにイエス様への信仰を授けてくださったからです。
信仰に加えて、主なる神様はフィレモンに愛をも与えてくださいました。
「フィレモン、あなたはイエス様を愛しています」、とパウロは断言します。
それがわかるのは、イエス様への愛が
フィレモンの生き方に正しいありかたで反映されているからです。
すなわち、フィレモンは
ほかのキリスト信仰者たちに対してキリスト信仰者としての愛を示したのです。
パウロとフィレモンの間には一致した信仰があり、
彼らの信仰告白は同一のものです。

「どうか、あなたの信仰の交わりが強められて、
わたしたちの間でキリストのためになされているすべての良いことが、
知られて来るようになってほしい。」
(「フィレモンへの手紙」6節、口語訳)


この6節の終わりの部分はそれほどわかりやすいものではありません。
イエス様が私たち人間のために行ってくださった御業の意味を
フィレモンがよりいっそう深く理解していくように、
とパウロはここで祈っているのではないでしょうか。

イエス様がどれほど深くフィレモンのことを愛してくださっているのか、
よりいっそうわかるようになればなるほど、
フィレモンは隣り人たちのことをも
より深く愛することができるようになるはずです。