2012年10月3日水曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 21章22~27節 人々の只中にある神様の幕屋


 
人々の只中にある神様の幕屋 212227
  
 
新しいエルサレムには神殿がありません。
神殿は、
人々の罪のために犠牲を捧げる儀式が行われた場所でした。
イエス様の十字架の死の後では、
これらの犠牲の捧げ物はもう必要ありません。
罪がまったく存在しない新世界では殊更です。
神殿は神様と出会う場所でもありました。
新しいエルサレムでは、
神様は御自分の民の只中に住まわれているので、
神様と会うための特別な場所は要らないのです。
都には光も必要ありません。
都に住まわれる神様が輝きの源であり、
都を照らしてくださっているからです。
  
この世にはよいこともあります。
喜びをもたらすこと、神様が私たちにくださった賜物、
などがそうです。
ヨハネは、26節で「諸国民の光栄と誉れ」とについて語るとき、
おそらくこのことを意味しているのでしょう。
それらは新しいエルサレムに携えられてきて、
そこでも喜びの対象になります。
それに対して、
いかなる悪も、忌避すべきものも、汚れたものも、
都には入ることができません。
都は、
そこに住むのにふさわしくない者たち全員に対しても
閉じられています。
「王の息子の結婚式」についてのイエス様のたとえは、
これと同じことを語っています
(「マタイによる福音書」22114節)。
結婚式の礼服に身を包んだ人々だけが、
聖なる都にふさわしいのです。
その礼服とは、
イエス様の血によっていただいた罪の赦しです。
それは私たちの悪さと汚さを覆い隠してくれます。

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