2012年8月4日土曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 18章21~24節 もう何もよいことがなく



 
もう何もよいことがなく 182124
  
 
最後にどうなるか、
この章の最後の数節はもう一度語っています。
悪魔は神様に属する人々と戦っています。
そのために、教会は今苦境に立たされています。
しかし、いつか戦いは終わります。
これは確実です。
なぜなら、全能なる神様がそうお決めになったからです。
悪魔の帝国は倒壊し、その時、今実在するあらゆる悪が止みます。
キリストが栄光に包まれて地上に再臨なさる日に、これは実現します。
神様の教会はこのことを念頭に置くべきです。
そしてこのことは、
誰の側につくべきか、私たちに思い起こさせてくれます。
イエス様に属する人々は勝利者の側についています。
それゆえ誰も、
このグループを抜けるような愚かなことをするべきではありません。
  
24節から、
バビロンは地図でその位置を示すことができるような都市ではない、
と結論することができます。
「バビロンの手は、
すべての預言者と聖徒の(すなわち殉教者の)血で塗れている」、
と言われています。
神様の御名のゆえに殺された人々が皆、
ある特定の同じ都市で死んだわけではありません。
しかし、活ける神様への信仰を公に告白した人々が
その信仰告白のゆえに殺されたところでは、
どこであれ、悪魔の帝国が実在したのです。
そこでは、神様の敵は人心を買い、
神様の教会に対する戦いで勝利を収めました。
バビロンは、世界中いたるところに広がった悪魔の帝国なのです。
  
悪魔の帝国が滅亡するとき、
その臣民が享受してきたすべての利益もまた消え失せます。
その例として、
音楽、職人の技能、結婚式の祝宴、などが列挙されています。
イエス様に反抗し悪魔のグループに組している者たちにとって、
それは災いの時です。
最後の日には、
彼らからあらゆるよいことや美しいものが取り去られてしまいます。
神様はすべてのよき賜物の贈り主です。
地獄の恐怖は、まさしくここにあります。
最終的に神様と完全に離別する場所に行かなければならなくなると、
そこにはもちろんまったく何もよいことがありません。
人はこの世では、さまざまものを享受して生きています。
しかし、それらについていちいち神様に感謝するべきだとは
気がつかない場合がほとんどでしょう。
そうした目立たないものも含めて、
人がこの世で享受できるものは、地獄には一切何もないのです。
この世では、神様のよき賜物にあずかっていない人は誰もいません。
しかし、地獄では本当にそうなります。
だからこそ地獄は最悪の場所になるのです。