2011年11月18日金曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 3章14~22節 ラオデキヤの教会への手紙(その2)

ラオデキヤの教会への手紙 3章14~22節(その2)
 
 
18節でイエス様は、
ラオデキヤの教会が御自分の用意なさった品々を買うように勧めます。
「買う」と言っても、普通の意味での買い物ではありません。
神様からは何もお金で買ったりはしません。
それは「イザヤ書」が次のように言う意味での「買い物」なのです、
「さあ、渇いている者は皆、水のところに来なさい。
お金のない人も、こちらへ来て、食料を買い、食べなさい。
来なさい。そして、お金など払わずに無料で、ぶどう酒と乳を買い求めなさい」
(「イザヤ書」55章1節)。
このように、イエス様は教会に欠けているものを
ただで教会に差し出してくださいます。
教会はこの贈り物を、受け取ることも受け取らないこともできます。
もしもこの贈り物が教会の嗜好に合わないのだとしたら、
それはその教会自身の傲慢さを示しており、
教会はイエス様の口から外に吐き出されてしまうことになります。
 
イエス様は教会全体を揺り起こそうとしているだけではありません。
教会の会員ひとりひとりに語りかけてくださっているのです。
イエス様は外に立ち、戸をたたいておられます。
これは、
教会の主御自身がラオデキヤの教会の外に締め出されていたことを表しています。
教会の状態が悪化した原因がそこにあるのは、まちがいありません。
もしも教会全体が主の声に耳を傾けないとしても、
道を踏みはずした教会の会員のうちの数人だけか、あるいは一人だけでも、
その(心の)戸を御自分に開くように、とイエス様は勧告なさいます。
そして、そのように行う人に多くのよいことを約束してくださいます。
その人にはいつか将来、イエス様と共に神様の御座に座ることが許されるのです。
イエス様は十字架の道で戦われ、勝利されました。
それと同じく、
イエス様に従う人々の人生も戦いであり、十字架を背負っていくことです。
大変ですが、勝利はもう目の前です。
なにしろ、イエス様が勝利者だからです。
そして、勝利者に属する私たちもまた、勝利者なのです。

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