2011年2月15日火曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」第7回目の終わりのメッセージ

    
終わりのメッセージ
    
パウロの言葉の使い方をもじってルターは、「キリストとクリスチャンは一緒に生活している。
それはちょうど夫と妻が幸福な結婚の中で生活しているのと同じである」、と言っています。
結婚生活ではすべてが共通のものです。
喜びも悲しみも、健康も病気も、経済的な豊かさも貧しさも。
  
信仰の道に入るのは、クリスチャンがキリストと結婚するのと同じことです。
この結婚式で、クリスチャンは花嫁であり、キリストは花婿です。
花嫁の過去の生活はあまりほめられたものではありません。
資産家で、高貴な家柄をもち、義なる花婿キリストが、貧しく、さげすまれ、悪に染まった娼婦を、結婚相手として受け入れるわけです。
  
この結婚によって、あの悪い娼婦は真の幸福をつかみます。
結婚指輪をはめた後では、あらゆるものが夫婦の間では共通のものとなるからです。
花婿がもっているものは花嫁のものであり、同じく、花嫁がもっているものは花婿のものです。
  
ありとあらゆる悪癖と罪が花嫁を苦しめる、とルターは言います。
ひとつの罪も犯したことがない花婿が、花嫁のすべての罪を自分に引き受けて、「あたかもそれらの罪を犯したのが彼自身であるかのようにふるまいます。
こうして、罪は彼の中におぼれ沈んでしまいます。
なぜなら、彼の不敗の義は、あらゆる罪に対して、あまりにも強力な対戦相手だからです」。
  
ユッシ・タラスニエミ 「幸福な交換取引」
  

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