2014年2月19日水曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック パウロがローマの信徒たちに手紙を書いた理由


パウロがローマの信徒たちに手紙を書いた理由


パウロによれば、エルサレムへの旅は懸案を抱えていました。
西暦48年か49年に開催された使徒会議で、パウロは
ユダヤ人キリスト教徒たちと一緒に伝道を行っていくことで合意しました。
その時、彼は異邦人(ユダヤ人以外の民族)に福音を宣べ伝える使徒として
選び分たれました。

この福音は、
「異邦人は、悔い改めて信仰に入る前に、
(割礼を受けて)ユダヤ人にならなければならない」、
といった前提条件を要求しません。

その一方でパウロは、「貧しい人々のことを覚えること」を約束します。
どういうことかというと、
ユダヤ人ではないキリスト信仰者たちは、
実際の愛の行い(たとえば経済的な援助)を通して、
彼らがエルサレムにできた最初のキリスト教会と
同じ群れに属していることを示すべきである、ということです。

パウロはこの約束を守りました。
彼が異邦人教会でエルサレムの教会のために献金を集めることを
どれほど重要視していたかは、彼の手紙からよくわかります。

彼は、各個教会の間に意見の対立があることを知っていました。
ガラテアやコリントの教会では、
大使徒たちの名を借りて、
パウロに反対する者たちが現れました。
これは、エルサレムの使徒たちが、パウロに反対して、
彼らの側を持っていた、ということなのでしょうか。

パウロは、集めた献金の運送を
近しい助手たちにさえ任せようとはしませんでした。
彼は自分でそれを携えて行って、
「エルサレムの支柱」と称される教会責任者(使徒)たちが、
一緒に伝道していこうという姿勢を
今も以前と変わらずに保っているかどうか、直接確かめたかったのです。


パウロがローマに手紙を送ったのには二つの理由がありました。
第一に、
地中海の西部の、まだ福音が伝えられていない新たな宣教活動の地が、
彼の心を伝道へと駆り立てました。
この地域での伝道の仕事のためには、ローマの信徒たちの支えが必要でした。
第二に、
ローマの信徒たちはエルサレムの教会と良好な関係にありました。
それで、パウロはローマの信徒たちに連絡を取りたかったのでしょう。