2014年2月24日月曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック 1章1〜7節 手紙のはしがき および 3〜4節の問題


「ローマの信徒への手紙」1


手紙のはしがき 117

パウロは、いつものやり方に従って、
手紙のはしがきの部分に、他にもいろいろなことを書き加えています。
この点に関して特に注目を引くのは、
いわゆる「キリスト讃歌」(34節)と呼ばれるものです。
これは、パウロのこの手紙よりも古くから存在していたと考えられています。
このキリスト讃歌が伝えているのは、
イエス様が神の御子になったのは復活した後だった、
ということではありません。
イエス様は最初から神様の御子だったからです。
例えば、「フィリピの信徒への手紙」2511節で、パウロは、
イエス様がこの世に来られる前に天のお父様の御許におられた、
とはっきり書いています。
このことは、「ヨハネによる福音書」の序章(1章)からもわかります。


34節の問題


この箇所については、
「イエスは元々は普通の人間だったが、
神が彼を死者から復活させて、自分の養子(神の子)とした」、
という養子説が、様々な時代に主張されてきました。
それと関連して、この古い「キリスト讃歌」もまた、
こうした考え方を示唆しているかのように、
受け取られ理解された可能性はあります。
しかし、パウロの手紙では、その意味することはまったく異なります。
すなわち、ここでは、
イエス様の三位一体の神としてのペルソナ(位格)が、
下降と高挙という二つの観点から、解き明かされているのです。
それは、一方の視点からイエス様を見てみると一つの面が見え、
もう一方の視点からはもう一つの面が見える、という具合です。
人としての本質によれば、
イエス様はダヴィデの王族に連なる人間としてお生まれになりました。
御霊によれば、
イエス様は復活の後に主として高く挙げられた神様の御子です。
キリストが神様の御子となるまでの道のり(プロセス)については、
この箇所は少しも触れてはいないのです。

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