2014年2月12日水曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック パウロとローマのキリスト信仰者たち(その1)


パウロとローマのキリスト信仰者たち(その1)


ローマは当時の全世界の中心でした。
そこには、遅かれ早かれあらゆる宗教が伝えられていきました。
商人や船乗りたちが、キリスト教を地中海沿岸の国々に伝え、
ほどなくしてローマにも広げて行きました。

パウロはローマの教会(信徒の群れ)の設立者ではありませんでした。 
この手紙を書いた時点では、 
まだ一度も彼は当地を訪れたことがなかったのです。
ローマの教会の最初の頃の様子について、
私たちはまったくといってよいほど何も知りません。
教会の設立者が誰であったかも、知られていません。
それでも、その歴史についてなにがしかのことは推測できます。


最初のペンテコステの日に、
自分が異言を話し始めるという奇跡を経験した人々のうちの幾人かは、
ローマからやって来た、と記されています(「使徒言行録」210節)。

「使徒言行録」6章9節では、
奴隷の身分から解放された人々の成すシナゴーグ(ユダヤ人集会堂)
についての記述があります。
このシナゴーグには、
ローマにいた大勢のユダヤ人のグループに属する人々も
確かにいたことでしょう。
さらに、歴史家スエトニウスは、
ローマ皇帝クラウディウスが、西暦49年に、
「クレストゥスの煽動に乗って」
騒乱を起こしたユダヤ人たちをローマから追放した、と記しています。
この「クレストゥス」は、「キリスト」と同じように発音される言葉でした。
それゆえ、この歴史家は事象を混乱して理解したものと思われます。
実のところ、ユダヤ人たちの起こした騒乱の原因には、
キリストの福音がありました。
そうすると、この福音は、
遅くとも西暦49年にはローマに伝えられていたことになります。
しかも、実際にはそれよりも遥か早く、
すでに30年代には伝わっていた可能性が大きいと思われます。

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