2013年1月23日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 5章1~18節 



「ヨハネによる福音書」5
  
御父と御子はひとつ
  
  
5118
  
この箇所の舞台となるベトサイダの池には、
様々な病気や障害で苦しむ人々が群がっていました。
イエス様がこの世で生活しておられた時代には、
このような人々の境遇は、
親戚の世話を受けられない場合には、
徐々に悪化していくほかありませんでした。
  
癒しの奇跡の記事は簡潔です。
「ヨハネによる福音書」は引用していませんが、
足の不自由な人の癒しの奇跡の出来事には
「イザヤ書」356節が密接に関わっています。
いつかかならず救いの時がくる、と神様は約束してくださいました。
その時には、
目の見えない人は目が見えるようになり、
耳の聞こえない人は耳が聞こえるようになり、
足の不自由な人は喜んで飛び走るようになります。
38年間病を患い続けた男が床を担いで歩き回る時、
神様の大いなる約束が実現しつつあったのです。
  
イエス様がこのみわざを行われたとき、
特にファリサイ派の人々は、
彼らが最も神聖視していたことがらが
イエス様によって踏みにじられたと感じたのでした。
癒しの奇跡が行われたのは安息日でした。
律法の当時の解釈によれば、
安息日にはどのような荷物も絶対に担いではならないことになっていました。
イエス様は
癒された男が自分の家に帰るように命じられるどころか、
床を担いで歩き回るように、と命じられたのです。
イエス様のこうした活動は、
ユダヤ人たちの当時の教えに意図的に真っ向から反するものであり、
彼らからの深い怒りを買う結果を招きました。
  
イエス様がそうなさる理由を述べられると、
彼らの怒りはますます募りました。
神様は安息日に何もなさらないのではなく、
日々働きつづけておられるので、
神様御自身の御子もまた、
この世で御父様とまったく同じようになさるのです。
安息日の仕事を禁じる規則は、
神様御自身にもイエス様にもあてはまりません。
「ヨハネによる福音書」では、
この教えを聞いた後で、
はじめてユダヤ人たちがイエス様を殺したいと思うようになります。
  

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