「テトスへの手紙」について
「テトスへの手紙」は「テモテへの第一の手紙」とよく似ています。
パウロはアポロとゼナスがクレテに行こうとしていることを知って、
テトスに教会の牧会に関する指示を送りました(3章13節)。
パウロは「テモテへの第一の手紙」と「テトスへの手紙」を
おそらく同じ時期にコリントあるいはエフェソで書いています。
「テモテへの第二の手紙」はそれらよりも後で書かれた
「使徒の遺言」とでも呼べる手紙です。
ニコポリで越冬する予定を立てていたパウロは
テトスが自分のところを訪れるようにするために
アルテマスかテキコをテトスの代理として
クレテに派遣するつもりでいました(3章12節)。
「テモテへの第二の手紙」でパウロは
テトスがダルマテヤに出発したと述べています
(「テモテへの第二の手紙」4章10節)。
これがテトスに関する聖書の最後の記述です。
クレテ(クレタ島のこと)は不道徳さで悪名高い土地でした
(1章10〜16節)。
しかしパウロはテトスなら困難な状況も打開できるであろう
と信頼していたようです。
2章11〜14節にはキリスト教の信仰がまとめられています。
次の節を含む3章4〜7節では
洗礼と聖霊様との緊密な関係が明快に述べられています。
洗礼において神様は私たちを救われたのです。
「わたしたちの行った義のわざによってではなく、
ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、
聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである」
(「テトスへの手紙」3章5節、口語訳)