2011年3月31日木曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」12章1~3節 

  
一つの身体の一員として
      
「コリントの信徒への第一の手紙」12章
  
コリントの教会の大きな祝福と問題の元となっていたのは、教会に与えられていた豊かな恵みの賜物でした。
一方では、コリントの教会の霊的な恍惚のなかで聖霊様が力強く働いてくださっていました。
他方では、教会員たちはこれらの賜物を用いることによって、またもや分派を生みだしていました。
12章でパウロは、コリントの信徒たちを正しい道に引き戻すために指導しています。
11~14章は全体として、教会の礼拝について語っている、という点をここでもふまえておくべきです。
 
 
霊を見分ける基準 12章1~3節
  
霊に導かれているように見える者が皆、正しい道を歩んでいるわけではない、ということをパウロは非常によく知っていました。
古典時代の異教でも宗教的な恍惚はつきものでした。
コリントの信徒たちには暗い過去がありました。彼らは以前、異教の神々を崇拝していたのです。
何も語らない絵の前にひざまずく者もいれば、恍惚状態でしゃべりまくる者もいました。
「しっかり見極めなければならない」、とパウロは言います。
悪霊と神様の御霊とを互いに識別しなければならないのです。
神様の御霊は、「イエス様は主です」という教会の信仰告白に「アーメン」と言います。
それに対して、悪霊は教会のこの信仰を受け入れません。
逆に、イエス様を呪いさえします。
これは、神様の御霊が決してなさらないことです。
 
  

2011年3月28日月曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」第9回目の終わりのメッセージ

  
終わりのメッセージ
  
「兵士のひとりが槍でイエス様のわき腹を突くと、すぐにそこから血と水が流れ出た」(「ヨハネによる福音書」19章34節)。
  
主イエス・キリストのわき腹から流れ出ている血は、私たちを罪から贖いだすための「値」、「支払い」、「負債の全額帳消し」でした。
故のない苦しみと死と、十字架で流された聖なる貴い血によって、愛する私たちの主イエス・キリストは、私たちの罪の負債をすべて肩代わりしてくださり、私たちが自身の罪のゆえに受けるのが当然であるはずの「永遠の死と地獄」から、私たちを贖いだしてくださいました。
このキリストの血は父なる神様の御許で私たちのために休むことなくこう叫びつづけています、
「憐れんでください!赦して下さい!お父様!」。
こうしてキリストの血は私たちに、神様の恵み、罪の赦し、義と救いをもたらしてくれました。
父なる神様は今、私たちの仲介者、愛する御子が私たちのために叫んでくださる執り成しの祈りを聴いてくださり、惨めな罪人である私たちに対して憐れみ深く接してくださいます。
私たちは罪に塗れ、しかもまったく罪そのものであるにもかかわらず、父なる神様は私たちの中に何の罪も見出されません。
父なる神様は、愛する御子イエス・キリストの貴くかけがいのない血のみを見つめておられます。
この血が私たちの上に降り注がれています。
この血は、金の恵みの衣です。
この衣に包まれて、私たちは父なる神様の御前に出ます。
それゆえ、父なる神様は私たちを、あたかも御子そのもの、義と聖と無垢に満ちた方、であるかのように見なすほかはなく、またそのように見なしたいと望んでおられるのです。
また、キリストの血には、私たちをあらゆる罪や悪い行いから解放し、洗い清める力があります。
それゆえ、降り注がれたこの血によって覆われている人は、喜び安心して父なる神様の御前に出て、神様に助けを祈り求め、その祈りが確実に間違いなく聴かれていることを望む勇気を持ちます。
「イエス様への信仰を通して、私たちは勇気を得て、信頼しつつ神様の御許に出ます」、とパウロが言っているとおりです(「エフェソの信徒への手紙」3章12節)。
このように、クリスチャンは父なる神様の御前に勇気を持って進み出て、神様からありとあらゆるよいものを自分の上に待ち望むにとどまらず、自分が神様の子供であることを誇る勇気をも得ます。
神様のいかなる敵もどんな被造物も、神様の子供であるクリスチャンを傷つけて台無しにすることはできず、すべては神様の権威の下に屈服させられているからです。
  
(マルティン・ルター 「霊的な清涼剤」)
   

2011年3月25日金曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」第9回目の質問

  
「コリントの信徒への第一の手紙」 第9回目の質問
 
この11章の始めの部分で、パウロは教会の礼拝で女が公に登場することを取り上げます。
章の終わりのほうで、彼は聖餐式とコリントの信徒たちの愛に欠けたやり方とに話題を移します。
  
1)男たちが教会に帽子を被らずに来るという慣習は、何に基づいていますか。
この慣習は聖書的でしょうか。
また、こうしたやり方を今でも守るべきなのでしょうか。
  
2)フィンランドの教会では、昔は聖餐式のある礼拝は稀で、年に2~3回程度でした。
今では多くの地方教会の礼拝で毎週聖餐式があります。
こうした変化の方向をどのように評価するべきでしょうか。
この変化には、どのような益があるのでしょうか。
またそこには、よくない面もありうるでしょうか。
  
3)29節はどういう意味でしょうか。
「自分自身を裁く(吟味する)」というのは、どのようなことでしょうか。
 
4)パウロは聖餐式が聖なる式であることを強調します。
私たちが聖餐の礼典を必要としそれを敬っていることを、どのようにして私たちは示すことができますか。
 
5)はじめてミサを執り行ったときに、ルターは聖餐式の設定辞の偉大な意味、すなわち、彼のすぐ傍に聖なる全能の神様がおられるということ、に気づいて驚愕しました。
もしも指導者が恐慌に襲われたこの新参の若者をしっかり支えていなかったならば、ルターは聖壇からたちまち逃げ出していたことでしょう。
このエピソードから私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
  
5)30節はどういう意味でしょうか。
病気や死は、結局のところ神様の懲罰なのでしょうか。
また、神様の懲罰には何か益となることがありますか。
  

2011年3月24日木曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」11章27~34節 

  
聖なる礼典、聖餐式 11章27~34節
 
コリントの信徒たちが聖餐式を誤用しているため、主の聖餐の本質を彼らがよく見極めるよう、使徒は勧めています。
彼の言葉は真剣な警告です。
主の聖餐にふさわしくない態度で参加することは、主の死に対して罪を犯すことを意味します。
それゆえ、人は聖餐が聖なる式であることを心に銘じておかなければなりません。
「主のからだをわきまえないで」聖餐を食べ飲む者は、それによって自らに裁きを招くことになります。
この御言葉は、二通りの意味にとることができます。
まず、「主のからだを他の食べ物と明確に区別しなければならない」、という意味です。
もう一つは、「主のからだ、すなわち主の教会をわきまえないで飲み食いする」、という意味です。
後者の解釈は、「主の聖餐には主のからだ、すなわち主の教会が臨在している」、と指摘しているわけです。
この「からだ」(教会)では皆が平等なので、コリントの教会で起きてしまったような差別は誰に対してもあってはならない、というわけです。
確実なことは言えないにせよ、前者の説明のほうが正しいと思われます。
 
31節で、パウロは自分自身を正しく裁く(吟味する)ことについてこう語ります、
「もしも自分で自分を裁くならば、私たちは裁かれることにはならないでしょう」。
人は、自分で自分を裁く(吟味する)ときに、正しい心構えで主の聖餐に参加することになるのです。
そういう場合には、神様はその人を裁いたりはなさいません。
  
コリントの信徒たちが病気になったり死んだりしたケースについては、謎めいた部分が残ります。
それは主の裁きですが、特定の個人や教会全体に向けられたものではありません。
この裁きの目的は、コリントの教会を破壊することではなく、それを(霊的に)目覚めさせることでした。
もしもそうでなければ、教会は世と共に同じ裁きを受けることになるでしょうから。
 

2011年3月22日火曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」11章23~26節 

   
主の聖餐の設定 11章23~26節
  
パウロは、主がどのように聖餐式を設定されたか、コリントの信徒たちに思い起こさせることによって、彼らを正しい道に指導しなければなりません。
それで、エルサレムのとある家の二階の広間で行われた最初の聖餐式に遡る古い伝承のことを持ち出します。
この箇所は、新約聖書の中で聖餐式の設定に関する最古のものです。
それゆえ、その設定辞が今日の教会の礼拝の聖餐式における設定辞に含まれているのは、きわめて適切なことと言わなければなりません。
聖餐式で分けられるパンは、私たちのために与えられたキリストのからだです。
ぶどう酒はキリストの血における新しい契約です。
キリストを覚える聖餐式は、それに与る人々が聖餐にあずかることによって主の死を宣べ伝える、という意味をもっています。
キリストの再臨の時まで、主の聖餐はこのようにずっと続いていきます。
パンを裂いて祝福することは、ユダヤ人の食事の慣習に関連しています。
家の主人が食卓からパンを取り、隣席者全員の目の前で上へと持ち上げることで、食事が始められます。
パンを高く持ち上げたまま、主人は神様を次のように賛美します、
「私たちの主なる神様、世界の王様、地がパンを産するようにしてくださるあなたが、ほめたたえられますように!」。
この言葉に来客は「ア-メン」と唱和します。
この後で、主人は食卓についている人数に合わせてパンを裂き、それを皆に配ります。
それから、食事をします。
主が聖餐式を設定なさるときにも、食事の後にぶどう酒の入った杯とそれに関するイエス様の御言葉が続きました。

2011年3月18日金曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」11章17~22節

  
聖餐式における問題 11章17~22節
  
パウロにとってより大きな問題だったのは、コリントの信徒たちの聖餐式の行い方にはいろいろと改善するべき点がある、ということでした。
このことについて彼は、コリントの教会を実際に訪れた人から聞いていました。
今使徒は、教会を内部抗争のゆえに叱責するつもりはありません。
それに関しては、すでに1~4章で厳しく戒めたからです。
ここでの彼は優しく、「教会がさまざまなグループに分かれるのは至極当然である」、とさえ言っています。
しかしこれらの言葉にもかかわらず、パウロの意見ははっきり読み取れます。
すなわち、自分のグループの殻に閉じこもる教会員たちの内輪的な態度がコリントの教会に問題を引き起こした、ということです。
当時、主の聖餐式を行うときに、それと共に会食をする慣習がありました。
それは多くの人にとってその日の唯一のまともな食事だったのです。
その食事会のなかで、パンとぶどう酒という本来の聖餐も食されました。
空腹を満たすための食事は各自の「もちより」でまかなわれるはずでした。
おそらく、まずはじめにパンを食し、それから食事を取り、その後でぶどう酒の入った杯が祝福されました。
ところが、教会員たちの閉鎖的なグループ根性がここで露呈してしまいました。
裕福な教会員たちが、長時間働いてから食事会に参加する貧しい人たちのことをわざわざ待ってあげたりしなかったのは、あきらかです。
ともかくも、彼らには自分で用意してきたお弁当を自分のグループ以外の人たちにも配るような配慮はありませんでした。
こうして、ある人たちには食べ物がありあまるほどあったのに、他の人たちには食べるものが何もない、という状況が生じました。
聖餐式を行うときに、信徒間の経済的な格差に基づく不平等と、自分のグループに閉じこもる内輪性が、もろに表面化する結果となりました。
それは教会員同士の溝を深め、争いを悪化させました。
「どこかまったく別の場所で十分飲食するように」、とパウロは助言しています。
「教会の集まりではパンとぶどう酒のみを食するべきである」、と。
  

2011年3月11日金曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」11章2~16節 

  
聖餐式の奥義
   
「コリントの信徒への第一の手紙」11章
  
 
11章2~34節 教会の礼拝
  
偶像に捧げられた肉を食べることと、それに関連する隣人愛とについて懇切丁寧に説明してきた後で、パウロは今まったく別のテーマに移ります。
11章2~14節の箇所は教会の礼拝に関するものです。
 
 
被り物の有無 11章2~16節
  
この箇所でパウロは、コリントの教会で彼が正したいと思っていることを取り上げます。
ちょっと読んだだけでは、正確にはいったい何が問題になっているか、皆目見当がつきません。
使徒は、礼拝でコリントの女たちが頭を被り物で覆わないことについて、苦言を呈します。
この箇所からわかるのは、パウロには、この問題は些細なことではない、ということです。
  
2節は、古典世界の弁論術に典型的な、聴衆の共感を得ようとする書き出しです。
この箇所でパウロは、ふたたびコリントの信徒たちのご機嫌を取っています。
それにより、彼がこれから言おうとしていることを彼らがすんなりと受け入れてくれるように、努めているわけです。
パウロによれば、礼拝で祈ったり預言したりするときに、男たちは頭を被り物で覆わないこと、また、女たちは頭を被り物で覆うようにすることは、大切なことなのです。
祈ることと預言することは、その両方とも、公的な場に登場することや、祈りの奉仕をすることや、御霊の伝えたメッセージを皆に知らせることを意味しています。
パウロはこの被り物の慣習の根拠を「創造の秩序」に見出します。
女は男から生じたので、彼女は「権威の下にいる者のしるし」を頭に被らなければならないのです。
顔ではなく髪を覆うこの被り物について、私たちは古典時代当時の絵から知っています。
それとは逆に、男は公の場所で祈ったり預言をしたりするときには、何の被り物も頭につけてはなりません。
男は女から生じたわけではないからです。
使徒によれば、長い髪は、男にとっては恥ずべきものだが、女にとっては光栄なものであることを自然も教えています。
かりに誰かがこれに反論するとしても、神様の諸教会の慣習はその人自身に対しても規範となっていることを知るべきなのです。
   
この箇所に関しては、聖書の解釈者も教会の信徒も一様にお手上げという状態です。
パウロが描いている教会の慣習の中で実際に生活していた教父テルトゥリアヌスが、私たちの理解を助けてくれます。
彼はパウロの言葉を次のように理解しました、
「コリントの教会の女たちは常に頭の上に(今話題となっている)「被り物」をつけていた。
ところが、預言の霊が彼女たちの中に入って来ると、彼女たちはその被り物を投げ捨てたのだ」、と。
この態度に込められているメッセージはどのようなものでしょうか。
それは、預言の霊を受けて話し始めた女は、もはや女として話しているのではなく、教会の教師として説教しようとしている、ということです。
これをパウロはよくないこととみなしました。
それゆえ、彼は誤解を避けようとしました。
パウロの命令のポイントは、教会の女たちが皆同じような服装で礼拝に参加しなければならない、というようなことではありません。
パウロは、コリントの教会の女たちが教会の教師になろうとするのを止めさせようとしているのです。
彼はこのことを14章で極めて明瞭に禁じています。
   
この箇所に基づいて、世界各地の教会のなかには、男たちは教会の建物の中に入る時に帽子をはずす、という慣習を千年以上も守りつづけてきたところがあります。
同様に、女たちは教会でスカーフや被り物を頭の上につける、という習慣が残っている教会もあります。
フィンランドのなかにもこうした慣習を今でも守っているキリスト教のグループがあります。
この慣習自体を悪く言う人は誰もいないでしょう。
にもかかわらず、この慣習はあきらかに間違った聖書解釈に基づいている、と言わざるをえません。
こうした聖書の誤解が生じた理由は、単純です。
何百年もの歳月を経て服装にかかわる慣習がすっかり様変わりし、もはやパウロの言わんとすることが正しく理解されなくなってしまった、ということなのです。