2011年12月14日水曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 第4回目の終わりのメッセージ


終わりのメッセージ

全聖徒の日の輝き

 
死んだ人たちのことを覚えて、彼らのお墓に行き、
ロウソクを11月の暗い夕べにともすのはよい習慣です。
  
全聖徒の日の意味はそれだけではありません。
希望の輝きに満ちた日なのです。
晩秋ではなく最高に輝かしい春なのであり、
死ではなく新しい命なのです。
  
これは、約束された全き遺産、新しい全き命のことであり、
とりわけ、
この惨めな世の中や秋と不完全さと罪の只中における
主の輝きのことである、と私は言いたいです。
この輝きは恵みの輝きであり、
この完全さは自分では何も持っていない私たちに
与えられているものです。
この輝きは何も聖なるものを持っていない私たちに
プレゼントされている聖さなのです。
   
もはや泣く必要がない新しい命が遥かかなたで私たちを待っている、
そして私たちは遠く隔てたこの世からそれを見ようとしているようなものだ、
と言われたりもします。
  
それはある意味で本当です。しかし、
「救い主なるお方は私たちの只中に住んでおられる」、
と私たちクリスチャンは宣べ伝えることができます。
私たち罪人はまさに罪人として、
イエス様の十字架の死によって、
聖なる洗礼を通して
神様に結びつくことを許された存在、
いわば聖なる罪人なのです。
そして、これが信仰の核心です。
これが罪の赦しの輝きなのです。
  
すべてはすでに今イエス様の中にあります。
これが希望の基です。
この基から全聖徒の日は輝きを帯びるのです。
神様の子供の集まりである家族、
信仰の中ですでに死んだ人々とこの世でまだ生きている人々とからなる家族は、
今すでにひとつなのです。
天と地がひとつとなっているように。
   
(ラウリ コスケンニエミ 「私と共にいてください」)

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