2011年4月15日金曜日

「コリントの信徒への第一の手紙」第10回目の終わりのメッセージ

  
終わりのメッセージ
  
たくさん富があるところでは、その管理をするのは骨の折れる厄介な仕事になります。
社会が経済的に豊かであればあるほど、金銭の流通を管理する仕事はより微細にわたることになります。
 
貧しい者は、すべてをより単純なやり方で済ませることができます。
  
これは霊的な生活においても当てはまります。
人が自分で何かを決めようとする場合、救いの道は曲がりくねったものとなります。
これは周囲にいる人たちにも悪影響を与えます。
上からああしろこうしろと要求されると、人の気持ちは落ち込みます。
イエス様は律法学者たちについて、「彼らは他の人々の上に運ぶのが難しいひどい重荷を背負わせている」、と指摘なさいました。

しかし、もしも何もなければ、ことは単純になります。
そのときには信仰生活を整える困難さはなくなります。

「働き、疲れている人は皆、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」、
とイエス様は言われています。
ここに単純な信仰があります。
私には何もないので私にすべてを与えてくださったイエス様の守りの中で休むことができます。
  
ここにあなたは何も付け加える必要はありません。
   
(ラウリ・コスケンニエミ 「今日私と共にいてください」)

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