2010年5月7日金曜日

「エフェソの信徒への手紙」第4回目の質問

       
第4回目の集まりのために エフェソの信徒への手紙 第4章
    
唯一なる神様を信じる者たちは心が一つでなければなりません。
クリスチャンはどのような神様をもっているか、彼らの生活の中で見えてこなければなりません。
それによって、他の人も信じるようになるためです。
          
1)どうして「エフェソの信徒への手紙」はクリスチャンの生き方について、第1章ではなく、ようやく第4章になってから語り始めるのでしょうか。
     
2)この章は教会の職制に就いているクリスチャンについても、また平信徒のクリスチャンについても、語っています。
    
a) 11節によれば、どうして私たちクリスチャンに、教会におけるさまざまな職制が与えられているのでしょうか。
教会の職員は何のために必要ですか。
また、どのように彼らを支えることができるでしょうか。
           
b) 教会の職員が今行っている仕事のうち、職員以外の平信徒でも同じように実行できる仕事は何でしょうか。
私たち一般の会員は宗教的なサービスを消費する「お客」などではなく、「キリストのもの」であり、キリストを代表する者です。
教会で私たちはどうすればよりよく活動できるのでしょうか。
泳ぐのを学ぶためには、泳ぐしかありません。
やってみもせずに、このことを学ぶことができるでしょうか。
         
3)自由な考え方をするグループや異端のグループ(エホバの証人やモルモン教徒など)では、会員一人一人がゆきとどいた「教育」を受けます。
彼らと話し合う機会があった人に尋ねますが、あなたがたは、どのように彼らに対して受け答えすることができましたか。
どうすれば、私たちはよりよく対応できる活動的なクリスチャンになれるのでしょうか。
            
4)17~19節によれば、異邦人たちの生き方には基本的に欠けているものがあります。
それは何ですか。
         
5)良心が麻痺しないようにするためには、どうすればよいのでしょう。
麻痺してしまった良心にふたたび感覚を取り戻させるためには、どうすればよいですか。
          
6)私たちは互いに諭し合うことを遠慮していますか。
神様の御言葉がクリスチャンを支配している、ということは私たちにとって自明ではないのでしょうか。