2014年5月23日金曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック 第3回目の質問


3回目の集まりのために 「ローマの信徒への手紙」3


最初の1章と2章で、パウロは、
異邦人もユダヤ人も神様の御前では罪深い存在であることを示しました。
この3章で、彼は福音を紹介します。
人は皆、神様の御前では罪深い存在です。
しかし、一方で、
人は皆、イエス•キリストにおいて罪の赦しをいただけるのです。

1)パウロは、38節で、
「結局、神は罪を赦すし、罪を善用することもある」、
などと考えて罪を行うことがあってはならない、
と警告しています。
あなたは、今までこのように自分に言い聞かせて、
悪いことを行う誘惑に駆られたことがありませんか。
このことに関して、具体的にはどうするべきなのでしょうか。

2)パウロは、まず厳しい話をし、
すべての人が罪深い存在であることを示しました。
その後ようやく、罪を帳消しにする方法について話し始めます。
それにしても、
どうして人は自分が厳しく裁かれる話を聞くのが難しいのでしょうか。
そのような話は、今よりさらにもっと必要なものでしょうか、
それともあまり必要がないのでしょうか。
私たちは、厳しい裁きの言葉から素早く身を隠す際に、
神様がイエス様のゆえに私たちの罪を赦してくださる、
という約束(福音)からも耳を塞いでしまうことになりはしませんか。


3)神様の義にあずかれるのは誰ですか。
この3章によれば、それは誰に与えられるものなのでしょうか。

0 件のコメント: