2013年12月2日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 18章28~38a節 ピラトの尋問(その4)



ピラトの尋問 182838a節(その4)
 
 
真理についてのピラトの言葉は、驚くほど現代にも通じるものです。
当時、人間の人生に関しては明確な答えがないことを
強く意識していた哲学の流派がありました。
この世の出来事を懐疑的に観察し、
万物を統べるような永遠の真理の存在を否定する哲学者たちがいたのです。
一方で、現代のキリスト教は、
教義に関する挑戦状を突きつけられています。
神様とその福音こそが最終的な真理である、
ということがキリスト教信仰の出発点です。
しかし、現代の西欧の考え方は、
キリスト教に限らず、一般的にも、
このような「諸真理」の存在をすべて相対化しようとします。
このようにして、現代の人々は、
まったく新しいタイプの偽の「キリスト教」を密かに捏造しつつあります。
この「キリスト教」によれば、人はそれぞれ、
自分に合った「神」と「生き方」を作り上げ、
教義的な問題などは一切無視して、
美しいローソクの光などといった、
フィーリングや体験ばかりに関心を向けます。
本来、「真理とは何か」という問題は、
キリスト教信仰の末節ではなく、その根幹にかかわることです。
しかし、一体誰がこのことを理解して、
非常警報を打ち鳴らすのでしょうか。
人となられた神様(イエス•キリスト)の御言葉こそが、
あらゆる「諸真理」の上位に位置する本物の真理なのです。