2013年12月11日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 19章16b~27節 十字架に磔にされるイエス様


十字架に磔にされるイエス様 1916b~27


「ヨハネによる福音書」は、
イエス様のゴルゴタへの道と十字架にかかるまでの出来事を
簡潔に語ります。
ピラトは復讐心から、「ユダヤ人の王」という罪状書きによって、
ユダヤ人の指導者たちへの侮蔑をあらわにしました。
「ユダヤ人の王」であるためにこの男は十字架にかけられた、
という罪状は
この地における真の権力者が一体誰であるかを、
通行人全員に改めて確認させるものでした。
「私はユダヤ人の王である」という罪状書きのほうが、
ユダヤ人たちにとっては好都合だったことでしょう。
しかし、ピラトは、
この「ユダヤ人の王」に起きたことは
他のユダヤ人のどんな王に対しても起きることだ、
ということを明示したかったのです。
十字架の下で、悪の力は堰を切ったように猛威を振るいます。
十字架に打ち付けられた神様の御子の目の前で、
御子自身にとってはすでに不要になった衣服を誰が受け取るか、
くじが引かれました。
しかし、まさにこの侮辱的な行為において、
イエス様の十字架刑の出来事が
神様の大いなる御計画の通りに進行していることが
明瞭に示されています。
「詩篇」2219節の御言葉[1]が実現したのであり、
あふれる歓喜に包まれる同じ「詩篇」の終わりの部分も、
同様に必ず実現しつつある、ということなのです。
十字架の下には証人が立っていました。
それはイエス様の最愛の弟子でした。
彼にイエス様は、御自分の母親の世話をゆだねました。
この弟子はイエス様の従兄弟あるいは親戚だった可能性もあります。
「マタイによる福音書」(2756節)によれば、
十字架刑の現場には、ゼベダイの子らの母親がいましたし、
「ヨハネによる福音書」(1925節)によれば、
数人の女たちの中には、イエス様の母親の姉妹がいました。



[1] 彼らは互に私の衣服を分け、私の着物についてくじ引を行います。