2017年4月5日水曜日

「祭司」と「牧師」について(その1)

「祭司」と「牧師」について(その1)

原著者 エルッキ・コスケンニエミ
(フィンランド・ルーテル福音協会牧師、神学博士)
翻訳・編集者 高木賢
(フィンランド・ルーテル福音協会、神学修士)

聖書の引用は原則として口語訳に拠っています。


フィンランドの教会では「女性牧師制」について
今日に至るまで議論がつづけられてきました。
意外なのは、この問題にコメントする多くの人は
ルター派の「職制」についての考え方の基本さえ知らないことです。
ルター派の理解では、
すべてのキリスト信仰者にかかわる「一般祭司制」と、
「牧者(すなわち牧師)の職制」との二つがあります。

フィンランドでも
この二つをあらわす言葉はそれぞれ別の言葉になりますが、
その意味内容は今ではすっかりあいまいになってしまいました。
宗教改革者マルティン・ルターは
教会の職制についての聖書の教えをはっきり理解したときに、
「祭司」と「牧師」とを明確に分けて考えるようになったのです。


旧約聖書の「犠牲をささげる祭司」

旧約聖書の祭司の使命は、
神殿でモーセの律法が定めた犠牲をささげることでした。
とりわけ「マラキ書」では、
この仕事は神様の御前で
その聖なる使命を意識して厳粛に執り行うべきものだが、
それが祭司の唯一の使命ではないこと、
を強調しています。

「祭司のくちびるは知識を保ち、
人々が彼の口から律法を尋ねるのが当然である。
彼は万軍の主の使者だからだ。」
(「マラキ書」2章7節、口語訳)


旧約聖書の祭司制の最も重要な使命が
「犠牲をささげること」であったのはまちがいありません。
とりわけこれは大祭司について、
そして大祭司が大いなる「贖罪の日」に犠牲をささげることについて
あてはまります(「レビ記」23章)。

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