2017年4月10日月曜日

「祭司」と「牧師」について(その2)

「祭司」と「牧師」について(その2)


一般祭司制

もはや旧約の世界の神殿祭司のように
犠牲をささげる必要はないにもかかわらず、
新約の世界においても祭司や牧師が存在しています。
ただし、その意味するところは
旧約聖書の犠牲をささげる祭司とは異なっています。

神様はイスラエルの民と特別な契約を結んだときに、
彼らに特別な「地位」をお与えになりました。
もちろん全世界の国民は皆、ひとしく創造主なる神様に属しています。
しかし、それらの国民の中において、
イスラエルの民はいわば全国民を代表する祭司のような存在でした。
神様の所有なさる民全体およびその成員ひとりひとりに与えられている使命とは、
神様の大いなるみわざを人々に告知することでした
(「出エジプト記」1956節)。
イスラエルの民全体は「祭司の王国」であり、「王直属の祭司階級」なのです。

新約聖書はこの「王直属の祭司階級」というテーマを
「キリスト教会」に当てはめています。
神様がお造りになった人間は皆、創造主の所有に帰するものですが、
キリスト教会には特別な使命が委ねられているのです。
それは、主の偉大なみわざを周囲に響き渡らせて人々を招き、
彼らが神様のみわざの不思議さに驚き入るようにすることです。
この意味では、キリスト信仰者は各々が、
男性も女性も、老人も生後間もない赤ちゃんも、
王直属の祭司階級の一員なのです。
すべてのキリスト信仰者の有するこうした地位は
「一般祭司制」あるいは「全信者祭司制」などとも呼ばれます。
このことをルターは聖書にしたがって、
「聖なる洗礼を受けることは祭司に任命されることである」、
と美しく表現しています。


すなわち、
神様の民の成員(ギリシア語で「ライコス」)は
皆それぞれ「祭司」なのです。
このギリシア語の言葉は、
フィンランドでは伝統的に「一般信徒」と訳されてきました。

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