2009年9月9日水曜日

マルコによる福音書について 14章1~2節

「私はあの男なんかしらない!」

マルコによる福音書14章


張りめぐらされる陰謀 14章1~2節

エルサレムとその神殿はユダヤ人の信仰のまぎれもない中枢でした。過ぎ越しのお祝いのときには、この聖なる都に世界中から聖地巡礼の人々がなだれこみました。過ぎ越しのお祝いは、「神様がイスラエルをエジプトの隷属から解放してくださった」という神様の救いのみわざをユダヤの民全体に思い起こさせるものでした。このお祝いの設定については出エジプト記の12章に書かれています。それによると、お祝いには過ぎ越しの小羊とパン種の入っていないパンを食することになっていました。お祝いは春分の日のあとにくる月(ニサンの月)の15日に最高潮に達します。すでにふつうの過ぎ越しのお祝いでさえ、いつ爆発してもおかしくないほど過敏な時期であるのに、今やエルサレムはイエス様の存在のためにまったく特別な緊張にみなぎっていました。ユダヤ人の指導者たちには、民の目の前で危険な「火遊び」をして自分たちが民の支持を得るかどうか試す勇気などはありませんでした。イエス様を彼らの行く手から取り除かなければならないのはわかっていましたが、それをお祝いのさなかや、まして民の眼前で行うのは問題外でした。宗教的に熱狂している民がどういう行動にでるか予測するのは難しいため、民に気づかれないように細心の注意をもってことを運ぶ必要がありました。ともかくも、決断するべき時は間近に迫っていました。こうして、人々が気づかぬうちに、暗い影が神様の御国をしだいに重苦しく覆い始めたのです。