2013年10月14日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 17章6~19節 弟子たちのための祈り(その2)



弟子たちのための祈り 17619節(その2)


「弟子たち」とは誰のことでしょうか。
彼らは、神様がこの世から選び出し、
イエス様にお与えになった人々のことです。
御父が命じられたことをすべて、御子は彼らに教えました。
イエス様が御父の遣わされた御子であり、
世の救い主であることを、
彼らは理解しました。
暗闇の世界に神の光が灯ったのです。
しかし、まさしくこの光のゆえに、
「イエス様のもの」である人々は憎まれることになります。
というのは、
暗闇の世がやりたいのは
神様の光を吹き消すことにほかならないからです。
今までイエス様は弟子たちを守られました。
しかし今、天の父の御許へと旅立とうとしているので、
彼らを神様の御手にゆだねられるのです。
神様は彼らをこの世や悪の只中から取り去りはなさいません。
しかし、彼らをこの世で悪から守ることはしてくださるので、
イエス様はそれを願い祈られるのです。
それは、
「神様、私に属する人々が
御言葉の謙虚な学徒として
天の父の栄光と真理に堅くつながり続けられるように、
どうかこれからも彼らを守っていてください」、
という祈りです。

2013年10月11日金曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 17章6~19節 弟子たちのための祈り(その1)



弟子たちのための祈り 17619節(その1)
 
  
御自分に属する者たちのために祈り始めるにあたって、
イエス様は、まずはじめに、弟子たち、
とりわけイエス様の時代に生きイエス様と行動を共にした人々、
のために祈られます。
その後で、イエス様は、
彼らと同じ信仰を守っていく私たちのためにも
祈り始められます。
このことに注目するのは大切です。
それは、
私たちが、迫り来る厳しい現実を見据えないまま、
あまりに楽天的すぎる物の見方をしないためです。
イエス様の敵は、すでに集結し、重装備をして、
主を捕らえるためにこちらに向かってきていました。
ここでのイエス様の祈りの言葉は、
地獄の力が勝手放題に振る舞う時が
ごく間近に迫っている状況を
念頭に置いて読むべきです。
まさにこうした背景を踏まえて読むとき、
イエス様のこれらの祈りは、
私たちの人生の困難で苦痛な時にも、
私たちを支えてくれる原動力となってくれます。

2013年10月9日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 17章1~5節 お父様、あなたの子に栄光を示してください



イエス様の大祭司としての祈り

「ヨハネによる福音書」17


これから扱う17章は
古代教会の時代(アレクサンドレイアのキュリッロス)より、
「イエス様の大祭司としての祈り」と呼ばれてきました。
これは的を得た呼称と言えるでしょう。
この呼称の背景には、
旧約聖書における祭司の主な仕事が、
犠牲を捧げることと、それに先立って祈ることだったことがあります。
世界全体の罪のゆえに御自分を犠牲として捧げる前に、
ここでイエス様は、
弟子たちや後に残されることになる全教会のために、
お祈りしてくださるのです。


お父様、あなたの子に栄光を示してください 1715

イエス様は公けに民を教えるという活動を終えられました。
これから待っているのは、人生で一番辛い時です。
そして一方では、それは人生の最高の時でもあります。
すなわち、全世界の罪のために十字架にかかって死ぬことと、
天の父なる神様の栄光の中に帰ることです。
世のすべての人間はイエス様の権威の下にあります。
それは、神様の御子であるイエス様というペルソナ
(三位一体なる神様の内の一つの位格)において、
暗い世にいる罪人が 聖なる神様の栄光への道を見出すためでした。
光は灯され、道は示されています。
光をもたらしたお方は、
この世に来られる前にもっていた栄光の中へと帰ろうとしています。
神様から生まれた神御自身であるにもかかわらず、
御子が御父に対してへりくだり、祈り、敬いつつ近づかれる、ということは、
聖三位一体の偉大な深遠と奥義に関わることがらなのです。

2013年10月7日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 第16回目の質問



「ヨハネによる福音書」16

16回目の質問


1)2節で、イエス様はこう言われます、
「あなたがたはシナゴーグ(ユダヤ人の集会堂)から追放されます。
また、あなたがたの仲間を殺す者が、
自分は神様に対して聖なる奉仕をしている、
と思い込む時が来ます」。
この御言葉は、今でも真実でしょうか。

2)14節で、イエス様は聖霊様についてこう言われます、
「御霊は私の栄光をはっきり示します。
御霊があなたがたに告げることは、私から受けたものだからです」。
これはどういう意味でしょうか。
人は自分からすすんで信仰に入ることができるのでしょうか。
人は信仰を拒絶することができるでしょうか。
どのような人が信じることができ、
また信仰に留まることができるのでしょうか。

3)1213節の意味していることは何でしょうか。
「私にはあなたがたに話すべきことがたくさんありますが、
あなたがたはまだそれを受け入れることができません。
真理の御霊が来ると、
あなたがたが真理全体を知ることができるように導きます」。 
この箇所に関する、諸教会の間の理解の相違を述べてください。

4)ルター派の信仰によれば、
教会の公会議は、どの程度まで、
すべての会員を束縛する決定を下すことが可能でしょうか。
それは、どのような問題については可能であり、
また、どのような問題については不可能なのでしょうか。

5)仮に教会の公会議が聖書に反する決定をした、と仮定しましょう。
それに対して、どのような態度を取るべきでしょうか。

6)「ヨハネによる福音書」では、
「もうしばらくすると」という言葉が繰り返されています。
今すぐキリストが再臨されるとしたら、どうなるでしょう。
キリストの教会は準備ができているでしょうか。
また、あなたはどうですか。