フィンランド・ルーテル福音協会は1900年以来日本にルター派の宣教師を派遣し続けてきました。このブログでは、この宣教師団体の聖書や信仰生活に関する教えをフィンランド語から日本語に翻訳して紹介します。(夏は不定期更新になります)。
2008年8月21日木曜日
マルコによる福音書について 序 その2
マルコによる福音書は「受難のキリスト」について語っています。十字架につけられた神様の御子についての話しが当時の古代世界の人々をどれほど傷つける受け入れがたいものだったか、私たち現代人にはとうてい理解しがたいことです。十字架刑は考えうる限り最も屈辱的な死に方でした。初代教会の多くのクリスチャンがイエス様の十字架を恥じたのは、無理もありません。ところが、こうした恥じはマルコによる福音書には痕跡すらありません。福音書の約半分はイエス様の受難について語っています。イエス様が捨て去られることを暗示する暗雲はすでに福音書のはじめのほうに見えます(たとえば3章22~30節、6章1~6節)。イエス様がこの世に来られたのは、周りから仕えられるためではなく、辱めを受け十字架で殺されるためでした。このように、福音は十字架の神学に基づいて読まれるべきなのです。
マルコによる福音書のもうひとつのはっきりとした特徴は、いわゆる「メシアの秘密」と呼ばれるものです。イエス様は御自分が本当は誰であるかについて決して誰にも告げないように、悪霊に対してばかりではなく御自分の弟子たちに対しても命じられました。イエス様の真のお姿はすでに洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになった瞬間に顕示されましたし(1章11節)、わずか少数の目撃者のいる中で「栄光の山」においても示されました(9章7節)。これらの例外的な時を除けば、イエス様がキリスト(つまりメシア)であることは長い間非常に注意深く隠されていました。どのような権威によってイエス様が活動されているか、いろいろな人たちが時には怪しみつつまた時には怒りながら問いただしました。しかし、答えを得ることはありませんでした。これはいまだにマルコ福音書の研究における難問です。ともかく、「メシアの秘密」は祭司長たちと全議会の前であきらかにされます(14章55節以降)。そこでイエス様は大祭司の質問に明確にお答えになりました。イエス様は神様の御子でありキリストなのです。このことをイエス様の死の際にローマの百人隊長もまた公に告白します(15章39節)。おそらく「メシアの秘密」によって福音書は私たちに「イエス様が真のキリストであることは、辱めを受け私たちのために十字架にかけられたお方としてのみはっきり示される」ことを教えているのでしょう。多くのユダヤ人たちはキリストが政治的な解放者とか目に見える具体的なかたちの神の国の創始者になってくれることを勝手に期待していたのです。このように「メシアの秘密」もまたマルコによる福音書の十字架の神学の一部なのです。
マルコによる福音書の3番目の特徴は、福音書がイエス様の奇跡について非常にたくさん言及していることです。これは、人々が奇妙な出来事についてなら喜んで読むからだ、というわけではありません。旧約の民の只中で偉大な奇跡を行ってくださった同じ神様は、奇跡が再び繰り返される「新しい救いの時」がこれから到来することを聖書の中で約束してくださったのでした(たとえばイザヤ書35章)。イエス様の働きの中で旧約聖書に語られている多くの奇跡が繰り返されました。それらの奇跡は「ナザレのイエスは神様の権威に基づいて活動し、御自分の民を新しい時代に移された」ことを示していました。
2008年8月20日水曜日
マルコによる福音書について 序 その1
読者へ
この本は聖書研究会、とりわけ信徒がグループの中心となるような集まりでの活用を想定して書かれています。ガイドブックはその都度読まれる聖書の箇所についての説明と質問と終わりのお祈りを含んでいます。
エルッキ・コスケンニエミ (日本語版翻訳編集 高木賢)
序 マルコによる福音書について
福音書を書いた人物、書かれた場所と時期
古くからあるキリスト教の伝承は、福音書記者マルコがペテロの通訳者としてキリストの弟子たちの長であるペテロに従ってあらゆるところに行った」と語っています(「パピアスの断片集」[1])。そして最後にはローマでペテロの語ったイエス様の教えを書き留めたというのです。パピアスの証言などの伝承の信憑性を疑う学者は多くいました。それはともかく、マルコによる福音書はしばしばペテロの視点から書かれている、という点は注目に値します。この福音書にはイエス様の実弟でありエルサレムの初代キリスト教会の後の指導者でもあったヤコブについてはその名前さえ述べられていません。ペテロの第1の手紙5章13節は、ペテロとマルコが一緒にローマにいたと語っています(その箇所で「バビロン」はあきらかにローマをさしています)。ルカとマタイがマルコによる福音書からその大部分をそれぞれの福音書に引用した後でもなお、初代教会はマルコによる福音書を大切に保存しました。マルコの背後には非常に信頼のおける伝承の継承者がいたのはまちがいありません。こういうわけで、ペテロとマルコの間にはなんらかの関係があった、と自然に推定することができます。
福音書の書かれた場所と時期を正確に決定するのは困難です。前述のようにローマで書かれたという説が古くからあります。この福音書はユダヤ人に対してというより異邦人に対して書かれています。書かれた時期はおよそ西暦70年頃、エルサレムが崩壊する少し前かあるいは崩壊した後まもなくのことであるのはまちがいなさそうです。
[1] パピアス断片集については次のリンクがあります。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/papias.html
そこにエウセビオス〔260/65-339〕が残した、パピアスのマルコスについての以下の証言があります。「これも長老が言っていたことだ。マルコスは、ペトロスの通訳者(hermeneutes)であって、記憶しているかぎりのことを、精確に書いた、ただし、主によって言われたことにしろ為されたことにしろ、順序立ててではない。なぜなら、主から〔直接〕聞いたのでもなく、これに付き従ったのでもなく、〔彼が付き従ったのは〕わたしが謂ったように、後になって、必要のために教えを広めたペトロスであって、主の語録のいわば集成のようなことをしたのではなかった、その結果、マルコスはいくばくかのことを思い出すままに書いたが、何らの過ちも犯さなかった。というのは、聞いたことは何ひとつ取り残すことなく、あるいは、そのさいに何らか虚言するもないよう、その一点に配慮したからである」。
2008年5月23日金曜日
クリスチャンと同性愛
1.どうしてこのテーマをとりあげるのでしょうか?
フィンランドの教会では1970年代には「同性愛」についておおむね次のように考えられていました。「私たち人間には皆、脱することが難しい独自の罪、悪い習慣があり、私たちはそれらと戦わなければならない。同性愛もまたこうした傾向のひとつである。クリスチャンは、自己の悪習がどんなものであれその悪習と戦っている他の人たちを、愛をもって支えていかなければならない。たとえば、飲酒の欲、不機嫌、貪欲、同性愛はそうした悪習である。同性愛の傾向のあるクリスチャンにとって、その傾向は努力して戦っていかなければならない事柄であり、人はそうした罪の傾向に支配されてはいけないのだ。」
しかし、1970年代以後、状況は変わりました。一般の意見は大きく変わり、もはや同性愛を罪とはみなさず、医学関係者たちも同性愛をたとえば人間の左利きと同じようなレベルで扱うようになったのです。
こうした一般の潮流と軌をひとつにして、教会の内部でも変化が起きました。たとえば、1990年代には同性愛者の学生たちの聖書研究会が活動し、教会の総会では、「教会が同性愛を異性愛と同等にみなすことを宣言すること」を要求する案が提出されたりしました。
2000年代に入り、隣のスウェーデンのルーテル教会では同性愛者同士が教会で結婚式を挙げることができるようになり、そのための式文も用意されています。また、同性愛者の結婚を司式することを拒む牧師は職を得るのが難しくなってきているようです。ここフィンランドでも教会の押し流されている方向はあきらかにスウェーデンと同じであり、そうしたことから言っても、このテーマを今取り上げることは時宜に適っています。
私たちクリスチャンのキリスト教の信仰を理解するためには、新約聖書の書かれる以前の時代に遡って問題を検討する必要があります。たとえば、古代ギリシア・ローマ文明や、とりわけ旧約聖書がどのように同性愛に対して接しているか。しかし、その前に、医学的な見地からこの問題に少し触れることにしましょう。
2.医学はどう言っていますか?
同性愛をめぐる議論を支配してきたのはいわゆるKinseyの報告書[1]です。それによると、男性のうち約4パーセント、女性のうち男性よりもやや少ない比率の人間が、同性愛の性交のみを行っている、というのです。現代ではこの報告書は厳しく批判されています。なぜなら、調査の対象となったのは一般の社会人のグループではなく、そこには犯罪の経歴のある人たちが不自然なほどの高い比率で入っていたからです。新しい研究によれば、男性のうち同性愛者は約1パーセントです。
同性愛についてははっきりした定義がありません。同性愛を異性愛と同等に扱おうとするあるグループは、当然ながらあいまいな定義を捏造します。それによると、同性愛とは、同じ性別の人間同士の互いに対する感情やファンタジーや行動のことです。そして、それらがどのように実現されようとそれが同性愛であることにはかわりがないこととされます。この「定義」は意図的に若者たちの強い友情の絆と同性愛との違いをなくそうとしています。私たちはここでは一義的な定義づけを行うことは控え、聖書は同性愛を「同性愛の性交」としてのみ捉えていることを挙げておくにとどめます。聖書は、同性愛の思想とか感情とかについては一切語っていません。
医学的な研究は同性愛の理由を説明することができずにいます。同性愛者たち自身、彼らの行動が彼らの性的な成長があるレヴェルでストップしてしまったためであるという説明をはっきりと拒絶しています。もともと生まれつきか、あるいは周りの環境の影響から、ある種の人たちは同性愛的な行動をとる傾向があります。これに加えて、すくなくともバイセクシュアル(異性愛と同性愛を両方とも行うこと)は学習の結果生じる現象である、ということを押えておくべきでしょう。このことは、バイセクシュアルという現象がどの程度一般的かは、同じ文化文明の中でも時代によってまちまちであることからもわかります。そして、ある民族の遺伝的な因子がそれほどまちまちに変化していくというのは、考えられないことです。
3.旧約聖書
よく知られているように、トーラー(モーセ5書、旧約聖書のはじめの5つの書物をさす)の同性愛に対する態度は無条件に厳しいものです。
「あなたは女と寝るように男と寝てはなりません。これは憎むべきことです。」(レビ記18章22節)
「女と寝るように男と寝る者は、両者ともに憎むべきことをしたのだから、必ず殺されなければなりません。」(レビ記20章13節)
町が滅ぼされる前に、ソドムの住民たちは、ロトのもとを訪れた神様の御使いたちに、ホモセクシュアル的な暴力を振るうために襲いかかろうとしました(創世記19章)。
多くの人は、同性愛を完全に拒絶するこうしたトーラーの姿勢を緩和するような例を旧約聖書の中から無理やり読み取ろうとしてきました。
たとえば、ダヴィデとヨナタンの間の強い友情を同性愛とみなそうとする人がいつの時代もいました。
「私の兄弟ヨナタン、あなたのため私は悲しみます。あなたは私にとって愛しい者でした。あなたが私を愛するのは世の普通のようではなく、女の愛にもまさっていました。」(サムエル記下1章26節。戦いに倒れたヨナタンを悼むダヴィデの言葉)
こうした「解釈」は、同性同士の真に深く強い友情がどれほどしばしば誤解されてきたかを物語っています。そしてこれはダヴィデやヨナタンの問題ではなくて、「解釈者」の誤謬なのです。
「旧約聖書は普通の同性愛についてではなく、カナン人たちのいろいろな宗教に付随したホモセクシュアルの職業的売春について批判しているのだ」と主張する人たちもいます。旧約聖書の同性愛に対するよく知られた嫌悪が当時の周辺世界の異教の儀式に関係していたことはまちがいありません。そうしたひどい儀式には、偶像モロクに子供を犠牲としてささげることや、男女間の猥雑な性的行動も含まれていました。
しかし、聖書の否定しているあること(同性愛)が、聖書の否定しているもうひとつ別のこと(異教の儀式)に結びついているからといって、「それゆえ、それら両方ともが許容されていて、神様の御心に適ったことである」などと結論することはもちろんできるはずがありません。
テキストを暴力的に曲解しようとはしない限り、旧約聖書が同性愛を許可したり、少なくとも同性愛を否定しないようにすることは到底不可能です。イエス様の時代のユダヤ教は当然ながらすべての点においてトーラーの規定に従っていました。資料の成立年代を決定するのは容易ではないとはいえ、少なくとも後になって文書として記録保存された伝統によれば、もしも同性愛を強制された者が12歳以上であった場合には、同性愛を行った者たちは双方とも石で打ち殺されなければなりませんでした(サンヘドリン7,4)。一方では、イエス様の時代のユダヤ人たちは同性愛と戦わなければなりませんでした(レヴィの遺言17、ナフタリの遺言4)。同性愛という現象はすでに当時存在していたのです。そして、ユダヤ教はそれを厳しく禁じ、それと戦っていたのでした。
4.ギリシア・ローマ文明
古代ギリシア世界では、人がバイセクシュアル(異性愛と同性愛の両方を行うこと)であることは非常に一般的であり、多くの場合承認された生き方でもありました。前古典期および古典期におけるギリシア(紀元前480~330年)は「男の世界」であり、そこでは同性愛は適当な生活様式でもありました。レスボス島の大女流詩人サッフォーの有名な詩はある種の性的な行動に名前を提供しました。他の多くの叙情詩人たちもまたホモセクシュアル的な愛をほめ歌っています。同性愛的な生き方にとくに重要な意味をもたせていたのはスパルタです。そこでは、若い男の子たちの年齢階層はこの「国民的な教育」とあいまって定められていました。共に戦っている者たちを結びつけていたのは、しばしばホモセクシュアル的な絆でした。アテナイでは、職業売春に基づくぺデラスティア[2]は制限されました。当時、ホモセクシュアルについて「それは自然に反した行為ではないか」という倫理的な疑問を投げかける人もいました。同性愛は新しい命の誕生を目的とするものではなく、人間を欲望の奴隷とするものであるからです(プラトン 法律1,636C)。しかし、たとえばプラトンの対話篇「饗宴」では、同性愛はまったく自然なことであるかのように取り扱われています。同性愛がどの程度の「不道徳」とみなされたかについては、ホモセクシュアルな者たちの間の三角関係から生じた喧嘩に関して、リュシアスの書いた法廷でのスピーチからうかがい知ることができます。法廷で事件の関係者は自分の欲望を審判者たちの前であきらかにしなければならなくなって少し恥ずかしくなります。しかし、そこで問題になっているのは、「自分の肉体の欲望に身を任せてよいか」という哲学者たちが警告していたことがらにすぎず、同性愛自体はさほど深刻に取り扱われてはいません。それはちょっとした悪習以上のものではなかったのです。
羊飼いの詩で有名なテオクリトスは、それから何百年か後のギリシア社会では、同性愛がすでに当たり前のこととみなされていたことを証拠立てています。
ローマ文明の黎明期に生きた喜劇作家プラウトゥス(紀元前254年頃~約184年頃)は同時代の民衆の言葉を用い、彼らの生き方や考え方を作品に反映させています。彼はまだ同性愛を「ギリシア人の慣習」と呼んでいます。
しかし、それから約百年後には状況がまったく変わっていました。大詩人の中ではカトゥッルス、「正しい人」と称えられているヴェルギリウス、またホラティウスなどは同性愛をまったく自然なことがらとみなしています。道徳的な詩の中でホラティウスは、「若い男たちは奴隷の少年か少女を手に入れるまでは、妻を得たりしないように」と忠告しています。辛らつなマルティアリスは、ホモセクシュアル的な行動の中にいろいろと笑いを誘うような特徴のある人たちのことをあげつらっています。
紀元後1世紀においても同性愛に対する人々の態度は以前と変わらなかったように見受けられます。理論的にも実生活でもホモセクシュアルとバイセクシュアルは、ヘテロセクシュアル(男女間の性関係)と同様に承認されていました。つまり同性愛は人々から完全に認められた生き方だったのです。そして、このような世界の只中で新しく生れたキリスト教が躍進を始めたのでした。はたしてキリスト教はこの同性愛という問題に対してどのような態度をとるのでしょうか?
5.新約聖書
同性愛に対する新約聖書の一番重要な姿勢は、よく知られているように、ローマの信徒へのパウロの手紙の中にあります(1章24~28節)。1章18~32節でパウロは、異邦人たちが神様の御前で罪人であることを示しています。異邦人たちは、神様の創造のみわざを目にしていながらも、神様を創造主として崇拝しようとはしませんでした。それどころか、彼らは神様の栄光を人間と動物の像のかたちに代えてしまいました。異邦人たちが「活きておられる神様」を捨てたため、活きておられる神様もまた彼らをお捨てになりました。パウロによれば、たとえば異邦人たちがどれほどひどく神様から離れ去っているか、まさにホモセクシュアルの問題にはっきりあらわれています。
「それゆえ、神様は彼らを侮蔑すべき情欲にお渡しになりました。すなわち、彼らの中の女性は、その自然な性的関係を不自然なものに代えてしまいました。同様に、男もまた同じように女性との自然な性的関係を捨てて、互にその情欲の中で燃え、男性は男性に対してみだらな行為をし、そしてその迷妄の当然の報復を自分の身に受けています。」(1章26~27節)
使徒パウロを通して与えられている神様のこの御言葉の背景には、旧約聖書とパウロの時代のユダヤ教とのホモセクシュアルに対する変わることのない嫌悪があります。
同性愛の傾向のある人たちと、異性愛の傾向があるにもかかわらず自然な傾向を他のものに「代えた」人たちとを区別することによって、パウロの考え方を救い出そうとする試みもあります。しかし、このような試みは、ユダヤ人たちの最高法院を原子力の反対派と賛成派に分けるのと同じくらい「自然」なことといえるでしょう。つまり、このような区別はパウロにとって思いもよらないものです。
パウロは、当時の異邦人たちが深い迷妄に陥っていることを示す絶好の例を見つけたのでした。つまり、異邦人たちにとって自然で、美しく、洗練されたことがらは、神様の啓示と、選び分かたれた民の確信とに基づけば、不自然で、不道徳で、ひどいことなのです。
同性愛は、「悪い行い」として初代キリスト教会が挙げている「一覧表」の中に少なくとも3回は登場しています。
コリントの信徒への第1の手紙6章9節では、アルセノコイタイ(同性愛の性交において能動的な側)とマラコイ(同性愛の性交において受身の側)が区別されています。双方について「このようなことを行う者たちは神様の御国を継ぐことはできない」と言われています。「あなたがたは知らないのですか」というパウロの言葉は、このことがコリントの信徒たち皆にとって周知であることを示しています。
初代教会では、人々が洗礼を受けるときに新約聖書の中にある「何が悪い行いか」を列記したリストの内容について教えを受けていたのは、まずまちがいありません。このように、初代教会は、異性愛の乱用や窃盗と同じように、同性愛もまたクリスチャンにはふさわしくない生き方であることを教会に属する者ひとりひとりがはっきりと知るように、取り計らったのでした。
他の箇所は、テモテへの第1の手紙1章10節と、フィリピの信徒へのポリュカルポス[3]の手紙5章3節です。後者の手紙にはコリントの信徒への第1の手紙からの直接の引用が含まれています。これらの箇所は初代教会の考え方をはっきり示しています。すなわち、(結婚生活における)異性愛は神様の創造のみわざに適った振る舞いであり、それを通して神様は御自分の賜物を分け与えてくださいます。それに対して、同性愛は自然に反したことであり、いかなる場合であってもクリスチャンにはふさわしくない生き方です。
6.教会の歴史
歴史的に見ると、ヨーロッパではキリスト教が広まっていくにつれて、人々の性的な行動も変わっていきました。同性愛は公共の場から消し去られ、禁じられたおぞましい振る舞いであるとみなされるようになりました。にもかかわらず、同性愛は決して消えることがありませんでした。それをよく物語っているのが、クリスチャンの国々における同性愛に対する厳しい罰則規定です。しかし1900年代に入ってから、状況が変わり始めました。この変化がはたして真の福音を見つけたことによるものか、それとも新たなる異邦化(反キリスト教化)の力が強まってきていることのおそるべき証拠であるか、私たちはそれぞれ見極めていく必要があります。
7.結論
ルター派の教義学は、それが御言葉の堅い基盤のみによって支えられていることを誇りとしています。人間的な考え方はどんどん変わっていきます。しかし、神様の御言葉は決して変わることがありません。ルター派では、倫理あるいは信仰にかかわる問題は昔から二つのグループに分けられてきました。ある事柄については聖書にはっきりと指示を与える御言葉がありますが、また別のことがらについては聖書は沈黙しています。ある問題について聖書が沈黙を守り、明瞭な聖書の箇所に直接基づいた指示を見出せない場合には、こうした問題は「どちらでもよいこと」(アディアフォラ)と呼ばれます[4]。こうした問題については、クリスチャンは、愛に留まりつづけることを忘れない限り、自己の良心に従って活動してもよいのです。ところが、聖書が何かの問題について語っている場合には、その問題はあらゆる時代のすべてのクリスチャンにとって、すでに「解決済み」なのです。これが伝統的なルター派の理解です。私は誇りをもって私たちの教会の伝統を告白し支持します。このような立場からみるとき、聖書はすでに同性愛という問題についても疑問の余地なく解決を与えていると、私は理解しています。もちろん、同性愛で苦しみ、それと戦っている人たちの心のケアのためには特別な知恵が要求されますが、それについてはここで触れることはできません。
私は1984年にこのテーマについて神学生たちに話をしたことがあります。約束どおり「ホモセクシュアルのクリスチャンのための聖書研究会」からも話を聞きに来た人たちがいました。盛んな議論が交わされました。その聖書研究会のグループの学生たちは、自分たちの弱さを認めてもらうことを周りから要求しませんでした。彼らの意見によれば、同性愛はクリスチャンにとって何の悪いことでもないのです。彼らの議論の根拠になっている考え方は教会でなされてきた女性牧師制についての議論の展開と同じでした。すなわち、「聖書は同性愛について語ってはいないか、あるいは、仮に語っているとしても旧約聖書だけだ。もしも新約聖書も同性愛について語っていることを認めなければならない場合でも、見なさい、イエスはこの問題について一度も語っていないではないか。パウロはたんなる人間だった。聖書を文字通りに受け取ってはいけないのだ。人が天国へ行くのは、その人がヘテロセクシュアルだからではなく、人が地獄へ行くのはその人がホモセクシュアルだからというわけでもない。」
彼らとの議論はすべてまったくむだだったように思えます。彼らにとって聖書の御言葉には何の価値も権威もないのです。
おそるべきことに、フィンランドの教会の神学者たち自身が、大学やメディアを通じてこのような「論理」を学生たちにも一般の教会員にも教え込んできたのです。同性愛の問題は、女性牧師制や離婚した人の再婚を教会で司式することや制度としての同棲を教会として容認することと同じように、上記に挙げたような議論のやりくちで片付けられてきました。同性愛の危険についての聖書の教えを無視して教会員に「違うこと」を教えている者たちは、「羊の群れの中にいる、羊のなりをした狼」です。もしも私たち牧師や神学者が神様の御言葉を軽蔑するように人々に教えるならば、私たちはこの国民が聖書の神様の語りかけを聴くことができなくしてしまうのです。この国(フィンランド)には神様の律法によって自己の良心をとがめられ、キリストが十字架で確保してくださった恵みに感謝して満ち足りるような「罪人」がもはやほとんどいないのではないでしょうか。それは非常に危険な状態です。
あるリベラルな聖書学者は「同性愛と聖書の問題」というテーマを掲げました。こうした問題設定はある意味で本質をついています。まさしく具体的な聖書の箇所について、私たちが本当に「聖書的」であるか、それともたんなる「保守的」であるにすぎないのか、が試されます。私たちクリスチャンの使命は、「岩」の上に教会を築くこと、神様の御言葉という決して裏切らない基盤に立つことです。このようにしてのみ、教会の最も貴い宝、キリストの血の福音が混じりけなく純正に保たれるのです。
[1] たとえば、”Sexual Behavior in the Human Male”(1948).
[2] 成人の男と若者の男との間の性的な教育関係をさす。
[3] 使徒教父のひとり。
[4] 詳しくは、ルーテル教会信条集・一致信条書の中の和協信条・根本宣言第10条を参照のこと。
2008年4月29日火曜日
イスラエルとは何でしょうか?
1.神様はアブラハムと契約を結び、彼を御自分の民として育んでくださいました(創世記15章)。この民にモーセの十戒が与えられました。そして、唯一この民「イスラエル」のみが「神様の所有の民」となったのでした(出エジプト記19章3~5節)。他のすべての異邦の民は偶像を崇拝していました。ただイスラエルのみが真の神様に仕えていたのです。神様のすべての約束はイスラエルに対してのみ向けられていました。一方では、神様がひとつの民を選ばれたのは、神様がすべての民に近づかれたことを確かに意味していました(出エジプト記19章5~6節)。
2.イスラエルは神様に対して絶えず反抗していました。神様はそのようなイスラエルを懲らしめました。しかし、再び御自分の民を憐れまれ、預言者たちを派遣してくださいました。預言者たちはイスラエルに悔い改めるように説教しました。そして、真の王国を築き上げる「来るべき王キリスト」について預言しました。
3.キリストがこの世にやって来られた時、神様の民はキリストを受け入れないどころか、この方を十字架につけることを要求しました。しかし実は、このようにして神様の隠された御計画が実現したのです。それは、ゴルゴタの十字架でイエス様が成し遂げてくださったこと、すなわち、「人を罪ののろいから救い出す」というあがないのみわざでした(イザヤ書53章)。キリストは死者たちの中からよみがえられたとき、すべての民を御自分の弟子とするために使徒たちを派遣されたのでした(マタイによる福音書28章18~20節)。このようにして今や神様は、御自分の所有の民イスラエルだけではなく、すべての民に近づいてくださったのでした。
4.イスラエルの立場は今はどうなっているのでしょうか?最も大切な聖書の箇所はローマの信徒への手紙9~11章です。ここから私たちは3つのことを学びます。
1)イスラエルはキリストを見捨て、神様から離れ去りました。こうして神様の恵みをいただく権利を完全に失ったのでした(ローマ10章21節)。イスラエルの代わりに、神様は異邦の民を招かれました(ローマ9章24~25節)。この新しい民は「神様のイスラエル」と名づけられています(ガラテアの信徒への手紙6章16節)。
2)しかしながら、イスラエル全体が神様から離れ去ったわけではありませんでした。なぜなら、そのうちの何人かはキリストを信じたからです。こうして神様は、イスラエルの父たちにお与えになった約束を忠実に守られたのでした(ローマ11章1~5節)。
3)神様はこれから再びイスラエルを招いてくださることになっています。そして、時の終わりに、この招待は受け入れられるのです。こうして神様は御自分の民を憐れんでくださることになるのです(ローマ11章25~26節)。
今私たちは、イスラエルとユダヤ人とをいろいろな角度から見ることができます。イスラエルは「神様の所有の民」であったし、今もそうです。しかし、彼らは今はまだ心をかたくなにしたままでいます。もしもキリストを受け入れず拒むならば、たとえ「神様の所有の民」に属していても、救われることはありません。
私たちは、神様が御自分の約束を思い出して、イスラエルをキリストのみもとへと方向転換させてくださるように、祈ります。
5.私たちは、イスラエルの歴史を調べることで、多くを学ぶことができます。神様は、イスラエルにたくさんのことを与えてくださいましたが、イスラエルは、キリストを拒んだときに、そのすべてを失ってしまいました。私たちが神様の子供であり、キリストの教会、すなわち「神様の新しいイスラエル」に属しているのは、神様からいただいた恵みによるのです。一方で私たちは、「もしも神様が生来の枝を惜しまれなかったのならば、あなたのことも惜しまれはしないだろう」という警告も受けています。キリストにおいてのみ救いがあります。そして、キリストを捨て去る者たちの受ける分は滅びです。
(日本語版翻訳編集 高木賢 フィンランド福音ルーテル協会職員、神学修士)
2008年4月11日金曜日
原罪 あらゆる罪の源
原罪 あらゆる罪の源
パシ パルム
「悪い人などはいない。ある人はほかの人より弱いだけだ」とある詩人は言いました。今でもこうした考えに同調する人は多いようです。赤ちゃんの洗礼式に参加する人の多くは、だっこされている赤ちゃんの「罪深さ」について話す牧師の言葉に戸惑いを覚えます。自分が受け入れた「宗教的な教え」に従って、自分を「罪のないよい存在」に変えようといくら努力してもうまくいかないために、絶望してしまう人もいます。これらの例は、原罪についての聖書の教えが理解されていないか、あるいは認められてはいないことを示しています。
最初の人間たちの堕落の結果として、人間全体が罪の支配下に陥ってしまいました。人は皆、このように霊的に死んだ、不信仰と悪い欲望にまみれた状態の中へと生まれてきます。つまり、人は神様とその御心に反抗する態度をもって、生まれてくるのです。このような状態にある人間は滅びるほかはありません。ところが、人が洗礼と信仰を通して新しく生まれる場合には話が変わってきます。クリスチャンは、「罪の赦し」を信仰によって「自分のもの」としており、洗礼においてそれを賜物として与えられているがゆえに、原罪のもたらす「罪悪感」から解放されています。しかし、この世で生きている限り、原罪による「腐敗」はクリスチャンの中にも依然として残存し続けます。そして、原罪による腐敗は、さまざまな「行いによる罪」として、日常生活の中ですべての人の考えや話や行いの中に例外なく噴出してきます。
原罪を否定するいくつかの意見があります。
1)人は根本的には悪ではありえない。なぜなら、人は多くの自己犠牲的なよい行いをすることができるからだ。
2)聖書は原罪について何も言っていないではないか。原罪についての教えは、教会が「幼児洗礼」を正当化するために捏造したのさ。
3)もしも神様が「人が自分で行ったわけではないこと」のゆえに、その人を裁くというのなら、神様は公正ではない。
これらの主張に対する答えは次のとおりです。
1)人は神様の御創りになった存在であり、もともとは(神様にそのままで受け入れていただけるような)「義」なる存在でした。人間全体の罪の堕落の後も、人はどうにかこうにか「外面的な義」(たとえば、仕事をし、家族を養い、困っている人たちを憐れむことなど)を実現することができます。しかし、人の中には、神様の御前にして(自分を正当化できるような)「心の義」はないのです。
2)「聖書には原罪についての教えがない」というのは正しくありません。なるほど聖書は「原罪」という言葉を用いてはいませんが、その存在を前提としています。たとえば、マタイによる福音書15章19節、ヨハネによる福音書3章6節、詩篇51篇7節、ヨブ記14章4節、ローマの信徒への手紙3章9~12節、5章18~19節、エフェソの信徒への手紙2章1~3節を読んでください。
3)神様は公正なお方です。それに対して、人が腐敗しているのです。犯罪者が裁判官を批判する立場に立つのは不可能です。どんなにそうしたいと思ってもです。人はアダムと同じ状況に置かれた場合には、誰でも皆アダムと同じように行動したことでしょう。私たちはこの問題に関しても「聖書の生徒」であり続けたいと思います。
4)だっこされている赤ちゃんのことを考える場合には、「罪はたんに行いのみではない」ことを思い起こしましょう。行いは考えから出てきます。そして、考えもどこからか出てくるのです。人は、悪い行いをするから、罪人なのではなく、逆に、人は、罪人であるがゆえに、悪い行いをするのです。
2008年3月19日水曜日
イエス様の十字架刑
エルッキ・コスケンニエミ (日本語版翻訳編集 高木賢)
イエス様の十字架刑には周到な精神的かつ肉体的虐待が用意されていました。茨の冠はイエス様の頭を血だらけに引き裂いていました。退屈な一日を紛らすためにローマの軍隊たちは、本来人を打ちたたいて懲らしめるために用いられる棒を「王笏」としてもたせ、赤い道化の王様のマントを身にまとわせて、イエス様を「ユダヤ人の王」に仕立て上げてからかいました。こうして彼らはまた普段から侮蔑してきたユダヤ人たちに嫌がらせをしたのでした。このことはピラトが書かせたイエス様の死刑の理由(「ユダヤ人の王」)からも伺えます。当然のことながら王様は真ん中の十字架に付けられ、王の臣下たち[1]はその両脇にはりつけになりました。
真昼になってのどの渇きに苦しんでいる人に「飲み物」として差し出されたのはすっかりすっぱくなったぶどう酒でした。イエス様は異常なほど厳しく鞭打たれていました。おそらくまさにそのせいですでにたくさんの血を失っていたイエス様は精神的な苦しみとあいまって十字架上で力を失い、驚くほど早く死なれたのでした。(死期を早めるために)イエス様の脛骨を打ち砕く必要はありませんでした。というのは、死んで不自然に捻じ曲がったイエス様の身体は専門家だけではなく普通の人が見てもイエス様がすでに死んでいたことを告げていたからです。何の気なしに兵士がイエス様のわき腹を槍でつついたときに、そこから水と血が流れ出ました。現代の医学によると、死んだばかりの人のわき腹からは水と血が湧き出ることがありうるそうです。ローマの処刑者たちは「イエスは死んだのではなく実は気を失っていただけだ」と主張する者たち(そういう人たちがいるのです)に対してまともに取り合ったりはしないことでしょう。彼らは十字架上で死んだひとりの男を目にしました。この人の死の中に高貴さとか美しさとか素晴らしさなどを見出した者は誰もいませんでした。「ユダヤ人の王」として通報された者が苦しみの最期を遂げたのです。
十字架の血の福音
イエス様が復活された後、人々を罪ののろいから救い出す福音はあらゆるところへと伝えられていきました。多くの者は「十字架で殺された神様の御子」についての話を愚かしく思いました。十字架刑を一度でも見たことがある者なら誰でもそれがどのようなものであるか知っていました。十字架に付けられたキリストについての話はそれについて聞いていた人たちを躓かせました(コリントの信徒への第1の手紙1章23節)。すでに初期のクリスチャンたちの中にもイエス様には本来似つかわしくないようなひどい死に方について沈黙しようとする人たちがいました。「イエスが苦しんだのは外見だけで、実は肉体は苦しまずにすんだのだ」などと言い出す者たちもいました。
こうした考え方とは反対に、イエス様の弟子たちはまさにイエス様の十字架の死の中に信仰の核心を見ました。イエス様は神様の愛の御意志に対して最後まで忠実であられました。イエス様は十字架上で神様に見捨てられのろわれたものとなりました(ガラテアの信徒への手紙3章13節)。イエス様は侮られさげすまれるために「あげられました」(ヨハネによる福音書3章14~15節)。まさにこのようにしてイエス様は御自分の上に私たちの罪の懲罰を身代わりにお受けになったのです。私たちはイエス様と「もちもの」を交換することが許されました。すなわち、イエス様は私たちが報酬として受けるのが当然である神様の怒りをかわりに担ってくださいました。私たちはイエス様が報酬として受けるはずの神様の愛をかわりにいただきました(コリントの信徒への第2の手紙5章21節)。
[1] イエス様と共に十字架につけられた二人の強盗たちをさしています。
2008年3月14日金曜日
天国の広場で
それと関係してこの世の終わりに訪れる「最後の裁き」について学びましょう。
天国の広場で
エルッキ・コスケンニエミ (日本語版編集 高木賢)
1.問題の所在
「広場」とはラテン語でforumといい、「裁きの座」を意味しています。言い換えればこの表題は「大いなる裁きの座」をあらわしています。このテキストで私たちは「神様が人々の前で裁きを行われること」について語っている聖書の箇所を調べることにしましょう。
2.さっさと私を裁きなさい!
多くの人は神様の裁きを避けようとしています。しかし、少なくとも聖書の中の登場人物の一人は自分自身に関して神様の裁きがなされることを祈り求めています。ヨブは神様が裁きの座に出てくるように要求しました(とりわけヨブ記23章1~12節)。もしも公平な裁判ならば、ヨブは神様が彼に対して行ったわざに関して神様を有罪とし、「ヨブが正しく、神様が間違っている」ということがあきらかにされたことでしょう。ヨブの友人たちは本当のことや正しいことを話しているし、ヨブと共に部分的には調子をそろえています。しかし、ヨブの友人たちはヨブの考え方や態度を変えさせることはできませんでした。最後にようやく主がヨブにあらわれて、ヨブは「よりよい神学」を学びました。つまり、ヨブは神様の裁きの座の前で黙ることを学んだのです。しかし、神様の御言葉がこれと同じ奇跡を今でも私たちの只中で行えるように私たちは御言葉を学んでいるでしょうか。
3.旧約聖書から
ゼカリヤ書3章1~7節は、神様の民が自分たちの罪に対して裁きと懲罰を受けた時期について語っています。エルサレムは破壊され、神殿はもはやなく、民は捕囚となりました。神様が御自分の民を彼らに与えた土地に連れ戻されたとき、主は預言者ゼカリヤが大祭司ヨシュアが神様の御前で民全体の代表として立っているのを「見る」機会をお与えになりました。裁きの座でヨシュアは憐れみを受けて釈放されました。なぜなら、この男は「火の中から取り出された燃えさし」(ゼカリヤ書3章2節)だったからです。こうしてヨシュアは憐れみを受けた者として生きていくことを許されました。「天国の広場」での裁決は悪魔を沈黙させました。
詩篇143篇は「人が自分の罪を悔いる」というテーマを扱っています。敵のゆえに命が危うくなっているダヴィデが地面に伏して全能の主の助けを求めて叫びます。それと同時にダヴィデは自分の罪のせいで助けをいただけないのではないかと恐れます、「主よ、あなたの僕を裁きの座に引き出さないでください。あなたの御前では誰ひとりとして義とされないからです」(2節)。天国の広場では罪人に対して罪の重荷から解放する裁定が待っています。あるいは、「天国の広場では裁判そのものがまったく始まらない」と言ってもよいでしょう。
4.大いなる裁き
新約聖書は世界史全体のしめくくりとして次のような状況を提示しています、「生きている者も死んだ者も、大きい者も小さい者も、大いなる白い裁きの座の前に立ち、書物が開かれます。その「命の書物」の中に名前がある者は命の世界に入ることができ、命の書物に名が記されていない者は死の王国に落ちていくほかないのです」(ヨハネの黙示録20章11~15節)。
天国の広場が人で一杯になる時が来ます。すべての人がそこにいるのです。
罪人に残された唯一の可能性は、パウロがテサロニケやアテナイで教えた基本的なことをきちんと復習することです。神様の怒りが世界を覆う時が来ます。「神様が死人の中からよみがえらせた神様の御子、すなわち、私たちを来るべき怒りから救い出してくださるイエス様が、天から下って来られるのを」私たちは待つようになりました(テサロニケの信徒への第1の手紙1章10節)。同じ教えはパウロのアレオパゴスでのスピーチの中にも見えます(使徒の働き17章)。
「義認」(義と認められること)、すなわち、人が大いなる裁き主の御前で罪を赦され認めていただけることは「人がよりよい存在になる」という意味ではありません。義認とは、「人には心にやましい罪がない」という意味ではありません。義認は、「罪が罪とはみなされない」ということです。パウロは、ふたつの異なる義について語っています。ひとつは人間自身の「行いによる義」で、人はそれを捜し求めますが決して見つからないものです(ローマの信徒への手紙9章30~33節)。もうひとつの義はキリストのゆえに賜物としていただける義です。これに関して最も大切な聖書の箇所はとりわけローマの信徒への手紙4章3節、22~25節、および、ガラテアの信徒への手紙3章6節です。真っ白な裁きの座の御前で私たちの「避けどころ」となるのは、自分自身の義ではなく、私たちの罪を帳消しにしてくれる「キリストの義」です。
5.いくつかの選択肢
いままで述べてきたことは、「どのように人が救われるか」についていくつかのはっきりとした「境界線」を引かなければならないことを私たちに教えます。
神様の怒りと永遠の裁きについての教えをまったく受け入れない人たちがいます。彼らは、「イエスは神が怒ってはおらず今まで怒ったこともないことを教えにきたのだ」と主張します。これは誤りです。
「天国の広場」ではいつか必ず大規模な集会が開かれます。もしもそのときにキリストから賜物としていただいた義が「避けどころ」となってくれなければ、人は永遠の命の中へ入ることができません。
「義認とは人がこの世での人生の間に義なる存在に変化することだ」と主張する人もいます。「神が人の中にその力を注ぎ込み、その結果として人は次第によりよい存在に変わっていく」と言うのです。これも間違いです。
なぜなら、「私がクリスチャンである」ことは私によって決まることではなく。どこか天の岸辺の向こうでいつか将来に実現することでもないからです。キリストはゴルガタの十字架で罪人である人間と聖なる神様の間に平和をもたらしてくださいました。キリストは聖なる洗礼において、私に御自分の義を着せてくださいました。キリストは聖霊様によって、すべての人に贈ってくださっている救いを私が自分のものとして受け取るようにしてくださいました。信仰は確かに人の人生を変えます。
しかし、それはここで扱っていること(人はどのようにして神様に義と認められ、救われるか)とはまったく別のテーマです。信仰により人の人生が変わるのはキリストの愛の力によってであり、人自身の業績(よいほめられるべき行い)とは関係がありません。
救われるという確信を自分自身の心から探しまわって、種々の精神的な鍛錬によって自分を高めようとする人たちもいます。しかし、どれほど熱心に信仰にかかわることがらに集中してみたところで、土曜日の夜には真実味を帯びていたことも次の月曜日の朝にはそれが本当だとは感じられなくなってしまったりするものです。心がキリストに対して熱く燃え続けることもありません。
それに対して、私の「救われるという確信」は次の二つのことに基づいています。
まず、神様のすばらしい救いのみわざは、私がまだ生れる前にすでに成就していました。次に、私は義とされています。なぜなら、神様はキリストの救いのみわざによる報酬を私にも分け、私の名前を命の書に書き込み、私を裁きにかけるようなことはなさらないからです。