具体的な指示(その1)
「テモテへの第二の手紙」4章9〜15節
「テモテへの第二の手紙」4章の終わりには17人の名前が挙げられています。
パウロはテモテができるだけ早く、遅くとも冬の到来する前までには
彼のもとに来てくれることを望んでいました(4章9、21節、1章4節)。
地中海のこの海域における当時の航海は
11月の半ばから3月の初頭までは困難だったからです。
「あなたが来るときに、
トロアスのカルポの所に残しておいた上着を持ってきてほしい。
また書物も、特に、羊皮紙のを持ってきてもらいたい。」
(「テモテへの第二の手紙」4章13節、口語訳)
寒い冬が来る前に上着も手元にあったほうがよいと
パウロが願ったのは当然でした。
ローマからエフェソまでの旅は約2週間かかりました。
パウロからの手紙を受け取り次第すぐに出発した場合でも
テモテがパウロのもとに到着するのは早くても1ヶ月後だったでしょう。
「デマスはこの世を愛し、わたしを捨ててテサロニケに行ってしまい、
クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行った。」
(「テモテへの第二の手紙」4章10節、口語訳)
デマスの顛末をめぐっては盛んに議論されてきました。
「この世を愛すること」という言い回しは
後の時代には「殉教を回避すること」という意味をもつようになりましたが、
これは必ずしも「信仰を捨てること」ではありません。
おそらく自らの命を惜しんだデマスは
パウロを置き去りにして故郷のテサロニケに帰ってしまったのでしょう
(4章16節も参考になります)。
西暦100年代に遡る伝承によれば、
デマスは異端者ヘルモゲネの追従者になったとされています
(ヘルモゲネについては1章15節に書かれています)。
以前のパウロの手紙
(「コロサイの信徒への手紙」4章14節、
「フィレモンへの手紙」24節)では
ルカなどと共にパウロの同労者のひとりとしてデマスの名前が挙げられています。
上節の「クレスケンス」は私たちには知られていない人物です。
彼についての記述は新約聖書ではこの箇所だけです。
上節の「ガラテヤ」は「ガリア」を意味しているとする仮説もあります。
しかしガラテヤ人たちが元々はガリア出身であったことを考えると、
ここは「ガラテヤ」のままで正しいと思われます。
「ダルマテヤ」は
イルリコ(「ローマの信徒への手紙」15章19節)のことであり、
現在のバルカン半島西部にあります。
テトスはクレタ島での伝道をやり遂げました。
「ただルカだけが、わたしのもとにいる。
マルコを連れて、一緒にきなさい。
彼はわたしの務のために役に立つから。」
(「テモテへの第二の手紙」4章11節、口語訳)
「ルカによる福音書」と「使徒言行録」を書き記したルカは
「コロサイの信徒への手紙」4章14節(「愛する医者ルカ」)や
「フィレモンへの手紙」24節にもその名が登場します。