2016年2月12日金曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック 12章9〜21節 信仰は活動的な愛を生み出します(その3)

信仰は活動的な愛を生み出します 12921節(その3)


「愛すること」と「神様の戒めを守ること」とは
互いに正反対のこととみなされがちです。
また、こうした考えかたに基づいて
聖書をあたかも法律書のように読む人たちもいます。

「愛がそれを要求する場合には
神様の戒めを踏み越えて行動してもかまわない」
と理解する人々もいます。
後者の考えかたにはいろいろと正しく良い点もあります。
愛は法律の条文をめくるようなものではないからです。
愛は仕えるものであり、
新しい機会をたえず利用して隣り人を助けようとするものです。
聖書の文言をあれこれ調べるだけでは、
たんなる道徳主義とさほど変わるものではありません。
そこには、自らを捧げる真の愛が
まだ欠けているともいえるかもしれません。

そうであっても、
「神様の御言葉」と「キリスト教に基づく愛」とを
互いに切り離して対置するのは危険なやりかたです。
神様は私たち人間よりもはるかに賢く大いなるお方である、
と私たちキリスト信仰者は信じています。
私たちは神様の御言葉と戒めに結びつけられているのです。
それらを踏み越えてはいけません。
また、
「あえてそうすることで他の人々をよりよく愛することができる」
などと思い込むべきでもありません。
神様の定めた一連の善い規則(ルール)は
私たちの愛のありかたを示し導いてくれるものなのです。

私たち人間が自分の愛に対して取れる程度の責任とは
比較にならない忠実さで神様は御言葉、
すなわち御自分が命じられたこと(律法)と約束されたこと(福音)
について責任を取ってくださるからです。

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