フィンランド・ルーテル福音協会は1900年以来日本にルター派の宣教師を派遣し続けてきました。このブログでは、この宣教師団体の聖書や信仰生活に関する教えをフィンランド語から日本語に翻訳して紹介します。(夏は不定期更新になります)。
2009年12月8日火曜日
「エフェソの信徒への手紙」について 誰から誰にどうして書かれた?
この手紙の書き手、読み手、また手紙が書かれた動機について
「エフェソの信徒への手紙」は、使徒パウロが牢獄で書いた手紙のひとつとみなされてきました。この手紙の名前は少し謎めいています。パウロはエフェソの信徒たちのことを個人的には知らないようにみえます(1章15節、3章2節)。とはいえ、パウロはエフェソではとてもよく知られた人物でした(使徒の働き19章)。いくつかの古い写本では、この手紙は「ラオデキヤの信徒への手紙」と呼ばれています。
「エフェソの信徒への手紙」は「コロサイの信徒への手紙」と非常に親密な関係があります。これらふたつの手紙を注意深く読んだ人は、それらが似通っていることに気がつくことでしょう。これはどうしてでしょうか。ひとつの手紙がもうひとつの手紙に部分的に基づいて書かれているからでしょうか。あるいは、これらの手紙の書かれた時期に「ある種のテーマ」が広範にわたってクリスチャンの間で熱く議論されていたからでしょうか。
コロサイの信徒への手紙4章16節に「ラオデキヤの信徒への手紙」として記されているものが、「エフェソの信徒への手紙」であった可能性もあります。また、「エフェソの信徒への手紙」がもともとは教会間で回覧されるために書かれた手紙で、それがエフェソの教会にも送られた、という可能性もあります。エフェソの教会宛ての手紙をもとに手紙のコピーが作られたので、この手紙が後になって「エフェソの信徒への手紙」と名づけられた、とも考えられます。