2014年2月10日月曜日

「ローマの信徒への手紙」ガイドブック はじめに


これからは、「ローマの信徒への手紙」について
簡単な説明を加えたガイドブックを紹介していきます。
原著者は、ここのブログで取り上げてきた
今までの多くの聖書のガイドブックと同様に、
Erkki Koskenniemi(エルッキ コスケンニエミ)牧師です。
なお、今までと同様に、日本語に訳すに当たり、
日本とは直接関係のないフィンランドについての記述を削除する等、
一部編集をしている場合があります。ご了承ください。(翻訳者より)



「ローマの信徒への手紙」ガイドブック

著者 Erkki Koskenniemi(フィンランドルーテル福音協会牧師、神学博士)

日本語版編集者 高木賢(フィンランドルーテル福音協会宣教師、神学修士)



はじめに


使徒パウロの記した「ローマの信徒への手紙」は、
ルター派のキリスト信仰者にとって、聖書の中で一番愛着がある書物です。
これは、アウグスティヌスやルターなど、
キリスト教会の偉大な教師たちを教え、導いてきた、
教会にとっての真の宝物です。
この手紙は、キリストについての福音を、
基本的なところから上手にわかりやすく説明しています。
ですから、この書物を一緒に学ぶのはとても喜ばしいことです。
「ローマの信徒への手紙」はすっかり暗記してしまうほど学ぶべきである、
とも言われます。
この手紙は、聖書全体の中心的な書物であり、
粒ぞろいの真珠の輪の中でも、
ひときわ輝きを放っている素晴らしい真珠なのです。

2014年2月5日水曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 21章20~25節 最愛の弟子


最愛の弟子 212025


ペテロとイエス様の傍らには、「最愛の弟子」が一緒にいました。
ペテロはこの弟子が将来どうなるかについて
イエス様につい尋ねてしまいます。
しかし、彼が得た返答は、「私に従いなさい」、というものでした。
このことに関して、ペテロは、
前節のシーンでイエス様とペテロ以外の人々がそうであったように、
まったく部外者の立場にありました。
ある人の人生についてのイエス様の御計画は、
他の人々にとっては何の関わりもないことだからです。
あなたは将来殉教することになるだろう、という仄めかしは、
公けにではなくペテロだけに与えられたものでした。
「最愛の弟子」の将来に何が待っているのか、ペテロには謎のままでした。
イエス様は、公けに伝道なさっていた時期に、
教えつづけ、何千人もの人々に強烈な印象を与え、
偉大な奇跡をたくさん行われました。
一日の出来事を正確に描写するためだけでも、
「ヨハネによる福音書」全体が記されたものよりも
多くのパピルス紙が必要とされたことでしょう。
福音書の末尾の文章は、
資料に対するこの福音書の特徴をよくあらわしています。
つまり、一冊の書物の中にすべては盛り込めないし、
また、すべてを語る必要もない、ということです。
実際に福音書に記されたものは、
幾つかの奇跡と教えなど、資料全体の一部に過ぎませんでした。
しかし、「ヨハネによる福音書」は、
それらを精確かつ詳細に取り扱ったのです。
このように、第四福音書は、
イエス様の最愛の弟子が保存した伝承を受け継ぎつつ、
一番大切なことについて特に力を込めて明瞭に語っています。
すなわち、
キリストは神様の御子であり、
目の見えない者の光、死者たちの命である、
ということです。
「この方の充溢の中から、私たちは皆、
恵みに恵みを加えていただいたのです」
(「ヨハネによる福音書」116節)。


「ヨハネによる福音書」ガイドブックはこれでおわりです。
今までおつきあいくださり、感謝します。

著者 Erkki Koskenniemi(フィンランドルーテル福音協会牧師、神学博士)

日本語版翻訳編集 高木賢(フィンランドルーテル福音協会、神学修士)

2014年2月3日月曜日

「ヨハネによる福音書」ガイドブック 21章15~19節 イエス様とペテロ(その2)



イエス様とペテロ 211519節(その2)


「帯を締めること」と「歩き回ること」とは、
何を指しているのでしょうか。
当時の普通の衣服は、上から被る長い衣でした。
それを着て歩き回るときには、
歩行の邪魔にならないように、帯でそれを締める必要がありました。
若者なら、自分で素早く帯を締めるでしょう。
年寄りなら、手を広げて他の人に帯を締めてもらうでしょう。
この「手を広げる」という動作が、この謎を解く鍵なのです。

ペテロは殉教したことが知られています。
彼が西暦60年代にローマで十字架に架かって死んだことは、
まず間違いありません。
その時、彼は手を広げて死んだわけです。
キリストとの関係を失って身の安全を図ることと、
キリストと共に地獄のような死の苦しみを味わうことのうち、
一体どちらがよいのでしょうか。
ペテロには、はっきりした答えがあります。
「この方の中には命があり、この命は人々の光でした」。