ひとり取り残された使徒
「テモテへの第二の手紙」4章14〜18節
「わたしの第一回の弁明の際には、
わたしに味方をする者はひとりもなく、
みなわたしを捨てて行った。
どうか、彼らが、そのために責められることがないように。」
(「テモテへの第二の手紙」4章16節、口語訳)
この節はローマでパウロの受けた最初の裁判と投獄
(「使徒言行録」28章16、30〜31節)について述べている、
という解釈があります。
それによると次の4章17節は
パウロのエスパニヤ旅行での様子を描写していることになります。
しかしこれが最も自然な解釈であるとは必ずしも言えません。
パウロの案件はローマ当局の取り調べを受けました。
しかしローマ在住のキリスト信仰者たちはパウロを弁護しようとしませんでした。
使徒教父文書の一つである
「コリントの信徒への第一のクレメンスの手紙」(5章5節)からは、
パウロが死刑判決を受けることになったのは
ローマのキリスト信仰者たちがパウロを積極的に弁護しなかったことも
影響したらしいことが読み取れます
(「(律法をめぐる)激しい諍いのために
パウロは忍耐によって勝利の冠を得た」)。
この問題については
「フィリピの信徒への手紙」1章15〜18節も参考になります。
しかしパウロはそのようなローマのキリスト信仰者たちのことを赦しました。
パウロのこの姿勢には
イエス様の十字架の上での御言葉
(「父よ、彼らをおゆるしください。
彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」)
に通じるものがあるのではないでしょうか
(「ルカによる福音書」23章34節)。
「しかし、わたしが御言を余すところなく宣べ伝えて、
すべての異邦人に聞かせるように、
主はわたしを助け、力づけて下さった。
そして、わたしは、ししの口から救い出されたのである。」
(「テモテへの第二の手紙」4章17節、口語訳)
今回の裁判でもパウロは自らの信仰について証しました
(「使徒言行録」24章10〜21節および26章1〜32節。
また「使徒言行録」23章11節および27章23〜24節も参考になります)。
パウロはローマ帝国の正規な国民であったため
(「使徒言行録」22章25〜29節)、
獅子の餌食として闘技場に投げ出されることはありませんでした。
「わたしは、ししの口から救い出されたのである」は比喩であり、
パウロがきわめて困難な状況から救い出されたことを表しています。
なお「ペテロの第一の手紙」5章8節で
サタンは「ほえたけるしし」と呼称されています。
「主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、
天にある御国に救い入れて下さるであろう。
栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。」
(「テモテへの第二の手紙」4章18節、口語訳)
この節は「悪しき者からお救いください。」
(「マタイによる福音書」6章13節)という主の祈りの一節を想起させます。