2012年7月12日木曜日

「ヨハネの黙示録」ガイドブック 第10回目の終わりのメッセージ


 
終わりのメッセージ

「私は、
道であり真理であり命です。
私を通らなければ、
御父様の御許へは誰も来ることができません」
(「ヨハネによる福音書」146節)。
  
  
あたかも主は、次のように言われているかのようです、
「私は、あなたがたに対して忠実でありたいと思っています。
大海原を越えて、死から永遠の命へと、
世と悪魔の帝国から御父の御許へと、
あなたがたを連れて行きたいと願っています。
私自身が道であり真理であり命であろうと思っているのです。
そのようなものとして、あなたがたは私のことを呼ぶべきです」。
ですから、私は上の御言葉を次のように理解します。
それは今も変わることなく、キリストのみを意味しています。
キリストは、
初めに道であり、
続いて真理であり、
最後には命であられます。
キリストはすべてでなければならないからです。
すなわち、
初めも途中も終わりも、キリストは私たちの幸いなる救いなのです。
キリストが「初めの石」すなわち礎石として据えられますように。
この礎石に基づいて次やさらにその次の石が積み上げられていきます。
キリストは、
天国への梯子の最上段でもあり中段でもあり最下段でもあります。
  
このメッセージの核心は次のことです。
信仰を通してキリストにしっかりとつながっていなさい。
そうすれば、あなたは正しくことを始めることになります。
キリストに避けどころを求めなさい。
そうすれば、あなたは途中も
キリストに正しくつながりつづけることができます。
このキリストの中に留まりつづけなさい。
そうすれば、あなたは救いの幸いを得ます。

(マルティン ルター 「神様の子供に与えるマナ」)

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