2024年10月3日木曜日

「テモテへの第一の手紙」ガイドブック 「テモテへの第一の手紙」4章11〜16節 五番目の福音書(その1)

 五番目の福音書(その1)

(「テモテへの第一の手紙」4章11〜16節)

 

キリスト信仰者は「五番目の福音書」と呼ばれることがあります。

人々はキリスト信仰者たちの生き方を見て

「神様がどのような存在か?」また「神様を信じたほうがよいかどうか?」

をそれに基づいて決めることがあるからです。

残念ながら私たちキリスト信仰者は

新約聖書の四つの福音書よりもはるかに不完全な形で

神様がどのようなお方かを伝えているにすぎません。

私たちの生き方が聖書の教えと矛盾している場合に

私たちはそれを正すべきなのです。

ところが私たちの生き方を聖書の教えに従わせようとはせず、

逆に聖書のほうを私たちの生き方に適合させようとする試みが

残念ながらしばしば見られます。

 

「これらの事を命じ、また教えなさい。」

(「テモテへの第一の手紙」4章11節、口語訳)

 

「これらの事を」という表現は「テモテへの第一の手紙」によく出てきます

(3章14節、4章11、15節、5章7、21節)。

これによってパウロはテモテが学んだ信仰の基礎のことを指しています。

最初期の頃よりキリスト教信仰はある種の「教義項目」を通し、

またそれらを活用することによって宣べ伝えられてきました

(4章6、16節も参照してください)。

 

「あなたは、年が若いために人に軽んじられてはならない。

むしろ、言葉にも、行状にも、愛にも、信仰にも、純潔にも、

信者の模範になりなさい。」

(「テモテへの第一の手紙」4章12節、口語訳)

 

「テモテへの第一の手紙」が書かれた当時、テモテは約35歳でした。

当時の教会の指導者としてはまだ若かったといえます。

この節も60年代にこの手紙が執筆されたという推定を裏付けるものです。

西暦100年以降の時代にテモテはすでにかなりの高齢になっていたからです

(「コリントの信徒への第一の手紙」16章10〜11節も参考になります)。

 

パウロは自分の与えた模範に従うように他の人々に何度も呼びかけています

(「コリントの信徒への第一の手紙」11章1節、

「フィリピの信徒への手紙」3章17節、

「テサロニケの信徒への第一の手紙」1章6節、

「テサロニケの信徒への第二の手紙」3章7、9節)。

パウロはテモテにも信仰者として

他のキリスト信仰者たちの模範になるように奨励しています

(「ヘブライの信徒への手紙」13章7節、

「ペテロの第一の手紙」5章3節も参照してください)。

 

人々から受ける敬意は本人が周囲から無理に要求して集めるものではありません。

まずはじめに自分が敬意を受けるに値する者であることを

自らの信仰生活を通して示していかなければならないのです。

 

信仰と愛の関係性(4章12節)は「十字架」によって描き出すことができます。

信仰はいわば十字架の縦棒であり、

人と神様の間の関係を表しています。

愛はいわば十字架の横棒であり、

人と他の人々すなわち隣り人たちとの関係を表しています。