2023年5月15日月曜日

「ハバクク書」ガイドブック 「ハバクク書」2章5〜20節 バビロニアを嘲る歌(その4) 

  バビロニアを嘲る歌 「ハバクク書」2章5〜20節(その4)

「ハバクク書」2章15節からわかるように、

人前で裸をさらすことについて旧約の時代の人々は

多くの現代人とはまったく異なる考え方をしていました。

旧約の時代の考えかたは

大洪水が終わった後にノアが飲酒で酩酊した際の出来事によくあらわれています。

 

「箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。

ハムはカナンの父である。

この三人はノアの子らで、全地の民は彼らから出て、広がったのである。

さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、

彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。

カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。

セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、

父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。

やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、彼は言った、

「カナンはのろわれよ。

彼はしもべのしもべとなって、

その兄弟たちに仕える」。

また言った、

「セムの神、主はほむべきかな、

カナンはそのしもべとなれ。

神はヤペテを大いならしめ、

セムの天幕に彼を住まわせられるように。

カナンはそのしもべとなれ」。」

(「創世記」9章18〜27節、口語訳)

 

人前で裸をさらす状態は「ハバクク書」では

バビロニアが諸国民を裸同然になるまで徹底的に掠奪し尽くしたことの

比喩として用いられています。

次に引用する「列王記下」の箇所は

バビロニアがエルサレムを制圧した時の状況を伝えています。

 

「バビロンの王ネブカデネザルの第十九年の五月七日に、

バビロンの王の臣、侍衛の長ネブザラダンがエルサレムにきて、

主の宮と王の家とエルサレムのすべての家を焼いた。

すなわち火をもってすべての大きな家を焼いた。

また侍衛の長と共にいたカルデヤびとのすべての軍勢は

エルサレムの周囲の城壁を破壊した。

そして侍衛の長ネブザラダンは、

町に残された民およびバビロン王に降服した者と残りの群衆を捕え移した。

ただし侍衛の長はその地の貧しい者を残して、

ぶどうを作る者とし、農夫とした。

カルデヤびとはまた

主の宮の青銅の柱と、主の宮の洗盤の台と、青銅の海を砕いて、

その青銅をバビロンに運び、またつぼと、十能と、心切りばさみと、

香を盛る皿およびすべて神殿の務に用いる青銅の器、

また心取り皿と鉢を取り去った。

侍衛の長はまた金で作った物と銀で作った物を取り去った。

ソロモンが主の宮のために造った二つの柱と、一つの海と洗盤の台など、

これらのもろもろの器の青銅の重さは量ることができなかった。

一つの柱の高さは十八キュビトで、その上に青銅の柱頭があり、

柱頭の高さは三キュビトで、柱頭の周囲に網細工とざくろがあって、

みな青銅であった。

他の柱もその網細工もこれと同じであった。

侍衛の長は祭司長セラヤと次席の祭司ゼパニヤと三人の門を守る者を捕え、

また兵士をつかさどるひとりの役人と、

王の前にはべる者のうち、町で見つかった者五人と、

その地の民を募った軍勢の長の書記官と、

町で見つかったその地の民六十人を町から捕え去った。

侍衛の長ネブザラダンは彼らを捕えて、

リブラにいるバビロンの王のもとへ連れて行ったので、

バビロンの王はハマテの地のリブラで彼らを撃ち殺した。

このようにしてユダはその地から捕え移された。」

(「列王記下」25章8〜21節、口語訳)