「詩篇」130篇
130:1
都もうでの歌
主よ、わたしは深い淵からあなたに呼ばわる。
130:2
主よ、どうか、わが声を聞き、
あなたの耳をわが願いの声に傾けてください。
130:3
主よ、あなたがもし、もろもろの不義に
目をとめられるならば、
主よ、だれが立つことができましょうか。
130:4
しかしあなたには、ゆるしがあるので、
人に恐れかしこまれるでしょう。
130:5
わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。
そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます。
130:6
わが魂は夜回りが暁を待つにまさり、
夜回りが暁を待つにまさって主を待ち望みます。
130:7
イスラエルよ、主によって望みをいだけ。
主には、いつくしみがあり、
また豊かなあがないがあるからです。
130:8
主はイスラエルを
そのもろもろの不義からあがなわれます。
(口語訳)
この「詩篇」は
ルター派の教会の礼拝の「罪の告白」の箇所などで使用されることがあるため、
普通の教会員にも比較的よく知られているものです。
この「詩篇」は学術的な詩篇研究においては
「旅の歌」というジャンルに分類されており、
もともとは聖地巡礼者たちがエルサレムでの祝祭に向けて旅をしている時や、
礼拝でシオンの山に登り神様の御前に出る時に歌われたものであった
と推測されています。
ただし後者の解釈については今のところ十分な証拠はありません。
とはいえ「イザヤ書」30章29節には次のように記されています。
「あなたがたは、聖なる祭を守る夜のように歌をうたう。
また笛をならして主の山にきたり、
イスラエルの岩なる主にまみえる時のように心に喜ぶ。」
(口語訳)
この「詩篇」を元々の歴史的文脈の中に正確に位置付けるのは
容易な作業ではありません。
それでも、これを朗唱する現代人の私たちが、
神様の御前において自らの罪を告白した数千年前の詩篇朗唱者の心の動きを
たどるのはさほど難しいことではありません。