2025年10月21日火曜日

「テモテへの第二の手紙」ガイドブック 「テモテへの第二の手紙」2章14〜19節 真理の御言葉の教師(その1)

 真理の御言葉の教師(その1)

「テモテへの第二の手紙」2章14〜19節

 

「あなたは、これらのことを彼らに思い出させて、

なんの益もなく、

聞いている人々を破滅におとしいれるだけである

言葉の争いをしないように、

神のみまえでおごそかに命じなさい。」

(「テモテへの第二の手紙」2章14節、口語訳)

 

言葉の争いは信仰に関わる懸案事項の解決には何の役にも立ちません。

言い争っているうちに

双方とも自分の意見をいっそう激しく主張するようになる傾向があるからです。


さまざまな異端をたくさん研究したある牧師は

「モルモン教などの信者たちと出会った時にはすぐ言い争いを始めたりせずに、

むしろその出会いを彼らにキリストを証する好機と考えるべきである」

と言ったことがあります。


これは重要な視点です。


キリスト教信仰とはキリストについて宣べ伝えることであり、

宗教に関わる諸問題について対話したり口論したりすることではありません

(「テトスへの手紙」3章10節も参考になります)。

 

上節の「破滅」はギリシア語で「カタストロフェー」といい、

現代でよく使われる「カタストロフィー」の元になっている言葉です。

救いをもたらす正しい信仰から迷い出てしまうことは

真のカタストロフィーだと言えましょう。

 

「あなたは真理の言葉を正しく教え、

恥じるところのない錬達した働き人になって、

神に自分をささげるように努めはげみなさい。」

(「テモテへの第二の手紙」2章15節、口語訳)

 

上節の「正しく教える」はギリシア語で「オルトトメオー」といい

「正しく切り分ける」という意味を持っています。

パウロも使用したとされる

ギリシア語旧約聖書七十人訳(セプトゥアギンタ)でこの単語は

例えば「(神様の)道を正しく教える」という意味で用いられています

(「箴言」3章6節および11章5節)。

 

「テモテへの第二の手紙」が書かれてから

約30年後に執筆された「ヨハネの黙示録」では、

エフェソの教会は自ら経験した忍耐と労苦について、

復活されたキリストからお褒めの言葉をいただきました

(「ヨハネの黙示録」2章2節)。

ということは、テモテは真理の言葉を

エフェソの信徒たちに正しく教えることができたのでしょう。